早尾神社 (京都市西京区)
Hayao-jinja Shrine
早尾神社 早尾神社 
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鳥居、1989年に再建された





 大原野石作町(いしづくりちょう)の早尾神社(はやお じんじゃ)は、灰谷(はいたに)の集落から三鈷寺へ向かう急峻な参道手前、小山山頂にある。
 祭神は、国常立命(くにのとこたちのみこと)、猿田彦命(さるだひこのみこと)、第15代・応神天皇(おうじんてんのう)。 
 式内社。平安時代の『延喜式神名式(延喜式神名帳)』(927)記載の「乙訓郡十九座 大五座 小十四座」中「石作神社」の旧地の一つとされている。
◆歴史年表 創建の詳細は不明。
 平安時代、塩山山麓は、貴族の狩場として第50代・桓武天皇も足を運んだという。古くは石作郷と呼ばれ 石作大連(いしつくりおおむらじ)を祀った石作神社、菩提寺の石作寺があった。
 その後、石作神社は、大歳神社に遷されたとみられている。
◆石作寺 石作寺の詳細は不明。平安時代初期には石作付近、また灰谷にあったともいう。本尊は薬師如来ともいう。平安時代の元慶寺の僧・阿闍梨聖金が籠居したという。中世(鎌倉時代-室町時代)には廃絶したとみられている。
◆石作神社・石作氏 大歳神社の相殿に、式内・石作(いしつくり)神社を祀る。石作神は代々石棺などを製作する豪族の祖神とされる。火明命(ほあかりのみこと)の後裔という。また、石作氏の祖は建麻利根命(たてまりねのみこと)ともいう。
 弥生時代の第11代・垂仁天皇(紀元前69-紀元後70)后・日葉酢媛命(日葉昨姫命、ひばすひめのみこと、?-243)が亡くなった際に、石棺を献上したことから石作大連公(いしつくりおおむらじのきみ)の姓を贈られたという。(『新撰姓氏録』)。
 平安時代、859年、石作神社は正六位より従五位下に進んでいる。(『三代実録』)。
 石作氏の衰微により、後に大歳神社に合祀されたという。旧鎮座地は、当社・早尾神社とも、八幡宮社(長峰八幡宮、西京区大原野石作町40)ともいう。


*境内は集落から少し離れた山中にあります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』

 
  関連・周辺大歳神社       関連・周辺八幡宮社(長峰八幡宮)       周辺三鈷寺      周辺善峯寺      関連          

「早尾大明神御寶前」と灯籠竿に刻まれていた。

早尾神社

早尾神社

稲荷大神

稲荷大神

「遥拝所」の石碑

「宗忠大神遥拝所」の石碑

役行者小角、山頂に祀られている。かつては小塩山麓に安置されていたという。近年、1990年にご神託により第50代・桓武天皇の御霊代とともに遷されたという。

役行者小角

山頂からの棚田の風景。現在、このすぐ近くで高速自動車道の建設が進められている。
 早尾神社 〒610-1134 京都市西京区大原野石作町灰谷丸尾1 
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