大原陵・法華堂 (京都市左京区大原)
Oharanomisasagi (Mausoleum of Emperor GOTOBA)
大原陵・法華堂 大原陵・法華堂 
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大原陵


法華堂


法華堂


法華堂

〔平安時代〕 第77代・後白河天皇(1155-1158)→第78代・二条天皇(1158-1165、院政①)→第79代・六条天皇(1165-1168、院政②)→第80代・高倉天皇(1168-1180、院政③)→第81代・安徳天皇(1180-1185、院政④)→〔鎌倉時代〕 第82代・後鳥羽天皇(1183-1198、院政⑤)→第83代・土御門天皇(1198-1210、院政①)→第84代・順徳天皇(1210-1221、院政②)→第85代・仲恭天皇(1221、院政③)→第86代・後堀河天皇(1221-1232、院政①) →
 大原には、鎌倉時代に承久の変で隠岐に流された第82代・後鳥羽天皇、佐渡に流された第84代・順徳天皇の父子が葬られた大原陵(おおはら の みささぎ)がある。十三重塔が立つ。
 また、冥福を祈念して建てられた法華堂が建つ。 
◆歴史年表 鎌倉時代、1239年、隠岐で亡くなった後鳥羽天皇の遺骨は、遺詔によりこの地に運ばれ大原陵に埋葬された。(『増鏡』)。遺骨は勝林院に安置され、水無瀬離宮(大阪府島本町)の建物が移され法華堂が建てられた。
 1240年、尊快入道親王により、後鳥羽天皇の冥福を祈念し法華堂が建立される。当初は、天皇陵域内にあった。
 年代不詳、その後、法華堂は類焼した。
 江戸時代、安永年間(1764-1780)、法華堂が再建された。 
 近代、明治期(1868-1912)、法華堂が陵外の現在地に移されている。
◆後鳥羽天皇 平安時代-鎌倉時代前期の第82代・後鳥羽天皇(ごとば てんのう、1180-1239)。第80代・高倉天皇の第4皇子。1183年、平氏は、第81代・安徳天皇(後鳥羽天皇の兄)を伴い都落ちする。都に天皇不在になり、祖父・後白河法皇(第77代)の詔により、神器のないままに4歳で践祚(せんそ)した。1184年、即位の式を挙げる。1192年、院政を敷いた後白河法皇の没後、4歳の後鳥羽天皇の親政になる。実権は関白・九条兼実、その失脚後は源通親が握った。1198年、幕府の反対を押し切り、第83代・土御門天皇(皇子)に譲位し院政を始める。以後、第84代・順徳天皇(土御門の弟)、第85代・仲恭天皇(順徳の子)と3天皇に23年に渡り院政を敷いた。1219年、鎌倉幕府3代将軍・源実朝の暗殺後、上皇は幕府からの政権奪取を目指し、畿内、近国の兵を集める。1221年、執権北条義時追討の宣旨を出して挙兵、承久の乱になる。後鳥羽上皇は敗れ、出家し良然と称した。幕府は平氏に育てられ即位していない兄・後高倉院に院政をとらせる。仲恭天皇は退位、1221年、第86代・後堀河天皇(後高倉院の子)を即位させた。幕府は後鳥羽、土御門、順徳の3上皇を配流した。後鳥羽上皇は隠岐に流され、18年後に同地で没した。遺骨は大原の勝林院(大原陵)に葬られる。
 芸能(蹴鞠、琵琶、事)、武技、刀剣鍛造、和歌にも長じ、1201年、和歌所を設ける。『新古今和歌集』(1205)を勅撰した。白河に最勝四天王院を建て、水無瀬、鳥羽、宇治などに院御所を営んだ。1198年以来、熊野詣は28回に及ぶ。
 上皇の死の前後に、1234年、第85代・仲恭天皇、第86代・後堀川天皇、1240年、北条時房、1242年、北泰泰時らが相次いで亡くなり、無念の死を遂げた上皇の怨霊による仕業と怖れられた。
◆順徳天皇 平安時代-鎌倉時代の第84代・順徳天皇(じゅんとく てんのう、1197-1242)。第82代・後鳥羽天皇の第3(2とも)皇子、母は藤原範季の娘・修明門院重子。1199年、源頼朝の没後、 父・後鳥羽上皇は、1210年、第83代・土御門天皇(上皇の実子、順徳天皇の兄)に退位を迫り、14歳で順徳天皇を即位させた。順徳天皇は父の院制下にあり、父の鎌倉幕府打倒計画に参わる。1221年、皇子・懐成親王(第85代・仲恭天皇) に譲位後、挙兵し敗れた。(承久の乱) 。佐渡に配流になり、21年間後にその地で没した。自ら絶食して憤死したともいう。和歌、詩、管弦、有職故実に秀でた。歌集『順徳院御集』など。配流後は佐渡院と称され、1249年、順徳院と追号された。
 火葬塚(新潟県佐渡市)、当初は真野山に葬られ、その後、大原陵(左京区)に改葬される。
◆尊快入道親王 鎌倉時代の尊快入道親王(そんかい にゅうどう しんのう、1204-1246)。第82代・後鳥羽天皇の皇子。1208年、親王。1214年、出家し、承円に師事した。1221年、天台座主になる。梶井門跡20世。和歌をよくした。
◆法華堂 法華堂は、勝林院参道の右手上段にある。
 堂内に普賢菩薩、聖観音像を安置している。
 現在の建物は、江戸時代、1778年に建てられた。方3間、単層、四注造、杮葺。正面に向拝を付している。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『昭和京都名所図会 3 洛北』『京都府の歴史散歩 中』『都市歴史博覧』『水無瀬神宮と周辺の史跡』



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map 大原陵 〒601-1241 京都市左京区大原勝林院町187
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