京都祇園堂・祇園女御の墓(祇園女御塚) (京都市東山区)
Kyoto-giondo Temple
京都祇園堂 京都祇園堂 
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京都祇園堂






祇園女御供養塔


祇園女御の墓(宝篋印塔)、2004年に新しく立てられた。


阿弥陀堂京都祇園寺の寺号石標
 祇園の大雲寺の北に、京都祇園堂(きょうと ぎおんどう)がある。阿弥陀堂京都祇園寺祖廟という鉄筋コンクリート造りの小堂が建つ。 
 向いの円山音楽堂の一角に、真新しい祇園女御(ぎおんにょうご)の墓という宝篋印塔が立てられている。
 この地は、平安時代の白河法皇(第72代、1053-1129)の寵妃・祇園女御が建立した屋敷跡とも仏堂跡ともいう。また、第67代・三条天皇中宮妍子(994-1027)、第66代・一条天皇中宮彰子(987-1074)の火葬地ともいう。
◆歴史年表 平安時代、1104年、第73代・堀河天皇の御願寺として、祇園社の巽角(東南)に官吏・高階為家により尊勝寺阿弥陀堂の建立が始まる。(『中右記』『百錬抄』)。その場所は真葛原(まくずがはら)南部、双林寺南部といわれる。
 翌1105年、阿弥陀堂の供養が行われ、院の殿上人がすべて参加するほどの盛大なものだったという。堂には丈六の阿弥陀仏を安置し、以後、祇園女御が住した。
 1111年、祇園女御は、仁和寺内に威徳寺を建立し、晩年はそちらに移っている。阿弥陀堂のその後については不明。
 跡地に、天台宗の蓮花寺が建立されたという。年代不明、寺の詳細も不明。(『坊目誌』)
 後世、草堂坊舎一宇のみが残っていたという。(『坊目誌』)
 近代、廃寺となる。祇園女御という木像(坐像一尺、中古<平安時代、鎌倉時代?>作)があり、木像は京都府庁に遷されたという。(『坊目誌』)。跡地には、祇園女御塚といわれる墳墓があったという。
 1904年、阿弥陀堂が建立される。
 現代、1972年、阿弥陀堂保存会有志により、祇園女御塔(五輪塔)が建立される。
 1994年、阿弥陀堂京都祇園寺が建立される。阿弥陀堂、祇園女御塔は京田辺市天王に遷されたという。
 2004年、祇園女御塚(宝篋印塔)が新たに立てられる。
◆祇園女御 平安時代後期の女性・祇園女御(ぎおんにょうご、生没年不詳)。詳細不明。祇園社脇の水汲み女、源仲宗の妻、仲宗の子・惟清の妻ともいう。白河法皇の寵妃・法皇の下級官女として仕え寵愛を受ける。1104年頃、藤原公実の娘・待賢門院璋子を養女とし、法皇の養女として育てる。1105年祇園社の東南に阿弥陀堂を建て住した。1111年(1109年とも)仁和寺内に威徳寺を建立し晩年は移る。僧・禅覚を養子とした。1113年六波羅蜜堂で一切経供養を営む。権勢を誇るが女御宣旨は下らず祇園女御と通称され、東御方、白河殿とも呼ばれた。
 白河院が、ある事件での武勲により、平忠盛の思慮深さを愛で祇園女御を贈ったという。ただ、その時すでに女御は懐妊しており、法皇は女子であれば法皇が、男児であれば忠盛の子とするとしたという。男児であったため、忠盛が育てたのが平清盛であったという。(『平家物語』巻6「祇園女御」)。また、忠盛が賜ったのは女御の妹の方であり、清盛は妹と法皇の子ともいう。女御は養母であったともいう。八坂神社境内に忠盛の伝承にまつわる忠盛灯籠が立つ。
◆祇園寺 祇園寺(尊勝寺阿弥陀堂)は、祇園女御が1105年に祇園社の巽角(東南)の広大な敷地に建立したという。真言宗であり、祇園堂には丈六の阿弥陀堂を安置した。供養の際には、金銀珠玉に満ち、荘厳美麗で筆舌に尽くしがたいものであり、公卿殿上人らは直衣・束帯の参列で盛大華美を極めたという。(『中右記』)。堂には祇園女御が住した。
 1111年、祇園女御は、仁和寺内に威徳寺を建立し、晩年は移る。阿弥陀堂のその後については不明。
 阿弥陀堂は荒廃したらしく、跡地には、天台宗の蓮花寺が建立されたという。後世、草堂坊舎一宇のみが残っていたが、近代に入り廃寺となる。(『坊目誌』)。
 近年まで「阿弥陀堂」が残され、その南西に塚状の台地があり、その上に五輪塔(女御塚)が立てられていたという。
◆平清盛誕生伝承 平安時代、永久年間(1113-1118)、五月雨の夜、白河法皇が祇園女御のもとへ赴く途中、前方に鬼(光を放つ怪物)を見た。供の平忠盛が生け捕りにすると鬼ではなく、蓑を被った社僧(老法師)が油壺と松明を持って、灯籠の燈明に火を灯すところだったという。忠盛の冷静沈着、勇気に感動した法皇は、寵愛していた祇園女御を忠盛に与えたという。この時、女御はすでに孕んでおり、生まれたのが清盛であったという。(『平家物語』)。八坂神社境内に伝承に登場する「忠盛灯籠」が立てられている。
◆尊王山祇園寺 祇園寺は、山号を尊王山という。本尊は阿弥陀如来を安置する。
◆伝承 伝承がある。かつて、この地にあった石を持ち帰った人があった。ところが、高熱を出したため元に戻したところおさまったという。


*参考文献 『京都市の地名』『昭和京都名所圖繪1洛東上』『京都大事典』『おんなの史跡を歩く』『京を彩った女たち』


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祇園女御の墓  京都市東山区円山町  円山音楽堂西
    阿弥陀堂京都祇園寺祖廟  東山区円山町 円山公園南

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