善光寺堂(首振地蔵・待人地蔵)〔清水寺〕 (京都市東山区)
Zenkoji-do Temple
善光寺堂 善光寺堂 
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「洛陽 第十番 如意輪観世音 地蔵院」の扁額






「洛陽十盤 如意輪観世音菩薩」の石標
 清水寺仁王門の左手に、小堂の善光寺堂(ぜんこうじどう)が建つ。善光寺とも呼ばれている。清水寺塔頭の一つであり、かつて地蔵院と呼ばれた。
 本尊は如意輪観世音菩薩を安置する。 
 如意輪観世音菩薩は洛陽三十三所観音霊場第10番札所の札所本尊になる。内陣に長野・善光寺型の阿弥陀三尊を安置し、全国善光寺会の一つに数えられる。旧本尊の地蔵菩薩立像を安置する。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 かつて六地蔵を本尊とし、堂前に安置した地蔵堂という。
 鎌倉時代以前、如意輪観音も安置し、地蔵院になったともいう。
 室町時代、16世紀(1501-1600)中期、清水寺古図「清水寺参詣曼荼羅」に、現在地に六地蔵の石仏が安置され、小堂が描かれている。地蔵院の前身とみられ、地蔵院はこれ以前にすでに存在していたと考えられている。清水寺奥の院の南庭には御堂が描かれ、長野・善光寺の本尊・阿弥陀三尊を勧請した善光寺如来堂とみられている。
 近代、1898年、明治期(1868-1912)中期とも、神仏分離令後の廃仏毀釈(1868)の後、清水寺境内整理に伴い、奥の院南庭にあった善光寺如来堂を地蔵院に合併する。善光寺型の阿弥陀三尊を当院に遷し、以来、善光寺堂と称される。
 現代、1984年、現在の本堂が改修されている。
◆仏像 本堂の中央に本尊「如意輪観音坐像」、右に「善光寺阿弥陀仏三尊像」、左に旧本尊「地蔵菩薩立像」を安置する。
 本尊の「如意輪観音像」(像高94㎝)は鎌倉末期作になる。美仏の像は首を右に傾げ、六臂、右第二手に如意宝珠、左第二手に宝輪を持つ。右膝を立てる坐像になる。辛苦を除き、利益を与えるという。洛陽三十三所観音巡札第10番札所の札所本尊になる。
 「阿弥陀三尊像」は、かつて清水寺奥の院の南庭にあった善光寺如来堂の本尊であり、長野善光寺の本尊を勧請したものという。近代、1898年、また、明治期(1868-1912)中期に地蔵院に遷された。全国善光寺会の一つに数えられている。
 旧本尊「地蔵菩薩立像」を安置する。
◆首振地蔵地蔵 御堂の右脇の小祠内に、「地蔵尊」(像高50cm)が安置されている。錫状、宝珠もなく頭に髻(もとどり)がある。右手で扇子を持ち、胸前に広げている。本来は地蔵尊ではないという。
 かつて、祇園の幇間(ほうかん、太鼓持ち)・鳥羽八(とばはち)が座敷の合間を縫い、自らの姿を彫り生形見(いきかたみ)の地蔵として安置したという。また芸妓が安置したともいう。
 「待人(まちびと)地蔵」、「首振地蔵」、「首振り地蔵さん」ともいわれ、地蔵の首が回転する。首を思う人の居る方角に回して祈ると願い事が叶うという。日頃より世話になっている人の方向に首を向けて感謝するためともいう。待人祈願、恋愛成就祈願、首の回らない借金苦にもご利益があるともいう。江戸時代以来、人々の信仰を集めた。首を回して祈願する例はほかにないとして、「清水寺七不思議」のひとつに数えられている。
 祠前に御前立の地蔵尊が安置され人の目に触れる。これも首振地蔵になる。裃を着けず扇子を広げた姿は福助像という。やがて、万病平癒祈願の地蔵尊信仰に変化したという。
◆年間行事 修正会(7日の結願法要で牛玉<ごおう> 宝印授与)(1月1日-7日)、修二会(観音悔過法要)(2月1日-3日)、節分会(除災星供養)(節分当日、立春前日)、涅槃会・中興開山良慶忌(釈尊追慕法要、大西良慶和上の忌日追善法要)(2月15日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 当寺縁起、『京都を歩こう 洛陽三十三所観音巡礼』『京のお地蔵さん』『京の地蔵紳士録』『京の怪談と七不思議』『昭和京都名所図会 1 洛東 上』『京のしあわせめぐり55』、サイト「全国善光寺会」 


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 善光寺堂 〒605-0862 京都市東山区清水一丁目294   075-551-1234   6:00-18:00
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