善徳寺 (京都市下京区)
Zentoku-ji Temple

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山門





 善徳寺(ぜんとくじ)は紅い色に塗られた壁が目を惹く。「赤寺(あかでら)さん」とも呼ばれている。 
 西山浄土宗、本尊は阿弥陀如来像。
 美人祈願の女性の信仰を集めている。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 江戸時代、紅屋を営む壇越の木村平兵衛が山門を寄進した。土壁を高額の京紅で紅く塗らせたという。以後、赤壁の美しさが評判になり、美人祈願の信仰を集めたという。
◆本尊 本尊の阿弥陀如来像は平安時代中期の天台僧・恵心僧都((942-1017)作という。
◆木村平兵衛 江戸時代の紅商人・木村平兵衛(きむら へいべえ、生没年不詳)。詳細不明。京紅の「紅屋」(下京区)を営む。近代、紅屋の婿養子・木村平兵衛(1849-1894)という府会議員が出ている。
◆京紅 紅は艶紅(ひかりべに、つやべに)、本紅、臙脂(えんじ)とも呼ばれた。原料になるキク科の紅花は、原産地のエジプトや地中海沿岸から、シルクロードを経て3世紀末に日本の近畿に入り、次第に全国に広まった。平安時代に宮廷女性の化粧に使われるようになる。中世には、紅粉解(べにとき)という女商人がおり、堅紅粉(かたべに)を解いて紅粉を売った。室町時代には上京、下京にそれぞれ紅粉座があった。
 安土・桃山時代から江戸時代にかけて、京染めなどに使われた。また、市井の女性も化粧に使うようになる。江戸時代中期以降は、最上川流域(山形県出羽最上)で紅花栽培が盛んに行われている。江戸時代には紅花の色素を梅酢で分離していた。口紅だけではなく、染色技法としても用いられる。紅染屋はウコンで下染し紅花で染め上げた。口紅の上質のものは京都で精製され「京紅」、最上質の笹色(玉虫色)のものは「小町紅」と呼ばれた。製法に手間を用し、「金一匁(もんめ)紅一匁」といわれ、価格は金に匹敵した。
 化粧用の紅は、かつて陶器の盃に塗られ乾かしたものが売られていた。京都の舞妓、芸妓、嶋原の太夫もこれを用い、紅を水で溶きながら紅筆で幾層にも唇に色を重ねた。
◆花暦
 境内にソメイヨシノが植えられている。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 下京区役所のサイト


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 善徳寺 〒600-8801 京都市下京区中堂寺西寺町13   075-841-3229
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