慈雲寺 (京都市下京区)
Jiun-ji Temple
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 慈雲寺(じうんじ)は板張りと漆喰の長い塀が続いている。「島原の妙見さん」と親しまれている。 
 日蓮宗。本尊は一塔両尊。
 洛陽十二支妙見めぐりの9番。申(さる、南西微北)を祀る。かつて、洛陽二十八所妙見、妙見宮二十一所にも数えられた。
 開運、厄除け、病気平癒の信仰がある。
◆歴史年表 室町時代、1464年、大本山・本願寺第10世・成就院日圓上人が創建した。台密両宗の中堂寺より日蓮宗に改宗する。吉祥寺と改める。
 1536年、日蓮宗寺院21本山が焼き払われた天文法華の乱後、5世・吉祥院日喜上人が堂宇を再建し慈雲寺と改めた。
 江戸時代、1831年、現在の妙見堂が再建された。
 近代、1868年、神仏分離令後の廃仏毀釈により洛陽十二支妙見めぐりは衰退した。
 1986年、京都市内の日蓮宗寺院を中心にした「洛陽十二支妙見会」により、洛陽十二支妙見めぐりが復活する。
◆妙見大菩薩 妙見堂に祀られている妙見大菩薩坐像(10cm)は、「島原の妙見さん」と呼ばれている。申(さる、南西微北)より「病が去る、不運が去る」とされ、悪縁切りの信仰がある。江戸時代、日蓮宗唯一の尼門跡寺院・村雲瑞龍寺の祈願所として知られていた。
 不動尊も合祀されている。正面左の大黒天は「走り大黒」「すばしり大黒」とも呼ばれ、足止め祈願の信仰がある。
◆瑞龍寺 瑞龍寺は安土・桃山時代、1596年、豊臣秀次の母・瑞竜院日秀が秀次の追善のために建立する。その後、宮家、摂関家の子女が相次いで入寺し、村雲(むらくも)御所、一帯は村雲と呼ばれた。
 江戸時代、1788年の天明の大火で焼失、その後再興される。現代、1963年に上京区より秀次居城のあった近江八幡市に遷される。
◆洛陽十二支妙見めぐり 洛陽十二支妙見めぐりは京都御所紫宸殿を中心に、十二支の方角にそれぞれ妙見宮を祀った。これらを順番に巡り、福寿開運などを祈願した。妙見菩薩は北極星、北斗七星を神格化し、宇宙万物の霊気を司る霊験あらたかな菩薩とされている。
 江戸時代に貴族から庶民にまで広く信仰される。近代、1868年神仏分離令後の廃仏毀釈により衰退した。近年、1986年、京都市内の日蓮宗寺院を中心にした「洛陽十二支妙見会」により干支めぐりが復活する。参拝の順番は、自分の干支からでもその年の干支からでもよいという。
◆年間行事 大祭(月日)。
 月例祭(毎月1日・15日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都御朱印を求めて歩く札所めぐりガイド』『京の福神めぐり』


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本堂

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妙見堂

妙見堂

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