春日神社・三宮神社 (京都市西京区牛ヶ瀬)
Kasuga-jinja Shrine

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本社


本社


「うま」、麦わらを束ねた胴体に三本の竹の角と三本の竹の脚を付けた。角先に、菱餅、小芋、ほし柿をそれぞれ挿したという。写真は説明版より。
 西京区牛ヶ瀬、称讃寺の東隣に春日神社(かすがじんじゃ)はある。「牛ケ瀬の春日さん」「春日さん」と呼ばれている。 
 祭神は本社に武甕槌神(たけみかづちのかみ)、天兒屋根命(あめのこやねのみこと)、天照大神(あまてらすおおかみ)、大山咋神(おおやまくいのかみ)。末社の四所神社(上の宮)に牛頭天王(素盞嗚命、すさのおのみこと)、稲荷神社(下の宮)に宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祀る。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 平安時代、831年、三宮神社は、埜門麿(門森麻呂とも)の勧請によるといわれる。国乱平治し、五穀成就守護の神として祀られたものという。
 室町時代、1427年、10月(旧暦)、三宮神社は類焼により本殿が焼失する。仮殿に遷座した。
 応仁・文明の乱(1467-1477)で、春日神社は西軍総大将・山名宗全(1404-1473)が戦勝祈念し祀ったものともいう。
 1552年、三宮神社は社殿を再建する。
 江戸時代、1661年、4月、三宮神社は社殿を再建した。
 1812年、春日神社に桂川洪水で流された三宮神社が合祀されたともいう。以後、春日三宮神社ともいわれた。
 現代、1987年、春日神社の祭礼のひとつ御当(おとう)が最後に行われ、以後廃絶する。
◆埜門麿 平安時代の埜門麿(生没年不詳)。詳細不明。門森麻呂ともいう。
◆山名宗全 室町時代の武将・山名宗全(山名 持豊、1404-1473)。山名時熙の3男、母は山名氏清の娘。1433年父より家督を譲られ4か国の守護に就任した。1441年赤松満祐の嘉吉の変で討手の総大将に指名され、その功により9か国の国持大名になった。1450年入道して宗全と号した。1454年赤松則尚を討つとして将軍・足利義政と対立、隠居し家督を嫡子・教豊に譲った。1455年則尚を備前に討つ。1458年婿・細川勝元と対立、文正の政変(1466)で伊勢貞親らが失脚、畠山義就を召し出し、勝元支持の畠山政長を追い、応仁・文明の乱(1467-1477)になる。将軍家での跡目争いで、日野富子が持豊に通じた。西軍の総大将として持豊は、大内政弘ら諸大名を糾合し勝元と対立した。戦の途中で亡くなる。
◆三宮神社 三宮神社の祭神は大山咋神が祀られており、本来は松尾社の祭神という。平安時代、831年、三宮神社は、埜門麿(門森麻呂とも)の勧請といわれ、国乱平治し、五穀成就守護の神として祀られた。村の中央に春日社が祀られ、その隣接地に三宮社があったという。江戸時代、1812年、春日神社に桂川の洪水で流された三宮神社が合祀されたともいう。以後、春日三宮神社ともいわれた。
 三宮神社にはかつて宮座の「宮仲間」が組織されていた。世襲により上三軒、下三軒に分かれていた。近世、「おこない」(1月23日)が行われ、餅つき、太鼓叩きが催されていた。床の間に松尾七社の神像画を懸け、神饌を供え、神名帳が読まれた。また、伊勢参宮講、西国三十三箇所巡礼講も組織された。1月14日には、徹夜で行われる「御日待(おひまち)」が催されていた。
 三宮神社について現在は、樫原・三宮神社が神職を兼務している。
◆御当 春日神社では、かつて祭礼の御当(おとう)(1月28日、近年は1月の最終日曜日)が催されていた。室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)の際に、当地には西軍総大将・山名宗全の本拠が置かれ、戦勝祈願に行われたものともいう。その後、五穀豊穣を祈る祭礼に変わったともいう。
 当家(とうや)といわれる当番の家が神事を行っていた。当家では明神を床の間に祀り一年間にわたり務めた。当家では神事の前日、鏡餅を作り、平らにして菱形に切る。麦藁を束ねた「うま」を三体作った。これに三本の竹の角と三本の竹の脚を付ける。三体の「うま」の角先には、菱餅、小芋、ほし柿をそれぞれ挿した。祭礼当日の夕刻、村民が五穀豊饒を神前に祈願し、三体の「うま」を担ぐ。神職を先頭に当家の主人が明神を持ち、「うま」がこれに続いた。春日社までの練りの際には「よしやさじゃ、ちょうさじゃ」とかけ声をかけた。社に到着した「うま」は、神職のお祓いを受け、祝詞の後に一同で乾杯した。なお、1987年を最後に祭礼は行われていない。
◆年間行事 歳旦祭(1月1日)、成人祭(1月15日)、例祭・春季例祭・御当式(1月28日)、節分祭(2月3日)、初午祭(稲荷神社)(2月上午の日)、紀元祭(2月11日)、祈年祭(2月17日)、大祓式(6月30日)、神嘗祭(10月)、新嘗祭(勤労感謝祭)(11月23日)、天長祭(12月23日)、除夜祭・大祓式(12月31日)。
 月次祭(毎月1日)。


*年間行事は中止、日時変更の場合があります。
*参考文献 『京都市の地名』「西京ウォーキングマップ川岡東委員」の説明版


   関連・周辺称讃寺     周辺     関連        

戦没者の慰霊を鎮魂し平和を祈願するブロンズ記念像「泉の像」、1995年、彫刻家・笠井利彦作。平和記念像建立協議会による。
 境内すぐ北にはいまも東海道線が通じている。太平洋戦争中、出生する兵士を満載した軍用列車が通過し、この境内より地元の人たちは兵士を見送ったという。兵士の多くは再び戻ることはなかった。
 昭和の初めまで現在の池の辺に、楊柳水(柳の清水)という湧水があり、泉の像と名付けられた。彫刻は死者の魂は白鳥になり大空を飛翔するという伝承、神話を主題にしているという。
map 春日神社 〒615-8041 京都市西京区牛ヶ瀬青柳町22 

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