竹林寺 (京都市右京区)
Chikurin-ji Temple
竹林寺  竹林寺
50音索引  Home  50音索引  Home





本堂



本堂、御詠歌
 太秦の竹林寺(ちくりんじ)は、東面して建つ。竹林寺禅寺ともいう。長者地蔵(ちょうじゃじぞう)で知られている。山号を宝珠山(ほうじゅざん)という。 
 臨済宗妙心寺派、本尊は地蔵菩薩立像(長者地蔵)。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 平安時代、第52代・嵯峨天皇(在位809-823)の頃、地福寺の精舎が建立され、釈迦如来が安置されたという。
 恵心僧都(源信、942-1017)は地蔵菩薩を自刻し、安置した。これが当寺の前身になるという。
 その後、地蔵菩薩は長者地蔵と呼ばれ、山号を宝珠山、寺号も竹林寺と改めたという。(「長者地蔵菩薩縁起」)
 江戸時代、1755年、禅珪の開基によるともいう。(『京都府地誌』)
 現代、1971年、松尾楚恵尼により再興された。
◆松尾楚恵 現代の尼僧・松尾楚恵(生没年不詳)。詳細不明。1941年、得度。1971年、竹林寺を再興する。
◆地蔵 平安時代、恵心僧都(源信、942-1017)は霊夢を見て安井村に移り、地蔵菩薩を自刻し、安置した。
 その後、竹林業の貧しい男が日頃より地蔵尊を篤く信仰していた。ある夜、霊夢に地蔵尊が現れ、宝を授けるから早朝に参詣するように告げた。翌朝、男が参詣すると、果たして閻浮檀金(えんぶだごん)の珠を授かった。これは、閻浮樹の森を流れる川底から採れる砂金とされ、赤黄色の良質の金という。以後、家は富み、長者になり、竹林長者と称され讃えられた。地蔵堂は宝珠山と山号を贈られ、寺号も竹林寺と改めた。以来、地蔵菩薩は竹林地蔵と呼ばれ信仰を集めたという。(「長者地蔵菩薩縁起」)
 地蔵菩薩は立像で右手に錫杖、左手に宝珠、を捧げも持つ。かつて截金文様が施されていた。寄木造、玉眼嵌入、像高1m。平安時代中期の作風とされ、恵心僧都(源信、942-1017)の作ともいう。
 傍らの厨子内に竹林長者という小像も安置する。
◆地福寺 真言宗の地福寺(じふくじ/ちふくじ)は、平安時代、弘仁年間(810-824)、真済が第52代・嵯峨天皇の勅許により太秦安井(右京区)に創建する。江戸時代、1727年、享保年間(1716-1735)、道空和上が関白鷹司の北政所の病平癒に効験あったことから、太秦の地より現在地(上京区)に移転したという。山号は宝珠山という。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都市の地名』『新版 京のお地蔵さん』『京の尼寺 こころの旅』『あなたの知らない京のお寺』


  関連・周辺     周辺     関連地福寺     

一願成就地蔵尊

一願成就地蔵尊

地蔵尊

地蔵尊
 竹林寺 〒616-8064 京都市右京区太秦安井北御所町18  075-801-1240 
50音索引  Home   50音索引  Home  
© 2006- Kyotofukoh,京都風光 http://www.kyotofukoh.jp