お別れ地蔵 (京都市上京区)
Owakare-jizo

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 北野天満宮の大鳥居近く、今出川通の南に、小さな辻堂が二つ並んで建てられている。堂内には、お別れ地蔵(おわかれじぞう)と呼ばれている地蔵菩薩、阿弥陀仏、石仏の地蔵尊が安置されている。
 かつて、蓮華谷火葬場に向かう葬列は、この地蔵尊に最後の別れを告げ、極楽浄土で生まれ変わることを祈願したという。 
◆歴史年表 地蔵尊安置の経緯について詳細は不明。以前は現在地よりやや西の地に安置されていた。
 江戸時代、1864年、蛤御門の変(元治の変、禁門の変)の兵火を逃れて、ある僧が地蔵尊を町内の民家に預け、以後もそのままになり、町内で安置されたともいう。
 近代、1868年後、神仏分離例後の廃仏毀釈を逃れ、若狭国小浜よりある老僧が地蔵尊を背負ってこの地に来た。だが、紙屋川のこの付近で力尽き倒れたという。町内の人々は地蔵尊に深く仏縁を感じ、やむなく祠を建て地蔵尊を安置したともいう。
 通りはかつて蓮華谷(北野の北西)という焼場に通じていた。市中よりの葬列は、地蔵堂に差し掛かると地蔵尊に今生の別れを告げた。その後、紙屋川の畔に沿って北へ上がり火葬場に向かったという。そのため地蔵尊はお別れ地蔵と呼ばれるようになったという。
 現代、1966年、地蔵堂は現在地の西、50m付近より遷されている。
◆地蔵 左の地蔵堂の厨子内に安置されている地蔵菩薩立像は、お別れ地蔵と呼ばれている。
 蓮華座に立ち、右手は垂れた与願印、左手は宝珠を捧げている。円頭光背。極彩色。木造、寄木造、玉眼嵌入、江戸時代中期作という。像高1m。 
 地蔵尊の左に阿弥陀如来坐像が安置されている。膝上に定印を結ぶ。像高1m。江戸時代作。
 

*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 東紙屋川町町内会の説明板、『新版 京のお地蔵さん』


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厨子、普段は厨子内にお別れ地蔵尊は安置されている。

お別れ地蔵、説明写真より。

阿弥陀坐像

地蔵尊、石仏5体ほどが安置されている。
 お別れ地蔵  〒602-8384  京都市上京区紙屋川町822
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