薬師禅寺 (はしご地蔵) (京都市西京区)
Yakushizen-ji Temple
薬師禅寺 (はしご地蔵) 薬師禅寺 (はしご地蔵) 
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「はしご地蔵尊」の石標


石段の参道


山門


 松尾山麓の細い石段を上がると中腹の高台に薬師禅寺(やくしぜんじ)がある。境内からは京都市内と遥か比叡山も望むことができる。 
 山号は東光山という。
 臨済宗天龍寺派、本尊は薬師如来。
 地蔵堂安置の地蔵尊は、おねしょ封じの梯子地蔵(はしご じぞう)として知られ、下の病平癒、寝たきりの下の世話を受ける人の信仰も集める。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 鎌倉時代?、比叡山延暦寺の僧・恵堯?は、比叡山を望む松尾山中腹に草庵を結んだ。地蔵堂を建て、おねしょ封じのための地蔵菩薩像を造立し安置したともいう。
◆地蔵 地蔵堂安置の小さな石造の地蔵尊は梯子地蔵と呼ばれている。蓮華座に坐し、右手に如意、左手に宝珠を持つ。像高40cm。
 伝承がある。かつて松尾村に生まれた少年がおり、比叡山延暦寺に上り修行の日々を送る。だが、毎夜、おねしょを繰り返した。いろいろと手当てをしたが効果が上がらない。ついに兄弟子は、小僧に布団を負わせ門外に追い出した。小僧はしばらく泣いていたが、そのうちに姿が見えなくなる。
 その夜、兄弟子の夢枕に小僧が立った。自分はすでに死んでおり、地蔵尊に生まれ変わった。以後、おねしょで苦しむ人々を救済したいと告げた。兄弟子が少年の生まれた松尾村に赴くと、薬師堂の岩上に地蔵尊があった。兄弟子は村人ともに地蔵堂を建立し、地蔵尊を安置したという。(寺伝)
 また、室町時代、比叡山延暦寺の僧・恵堯は千日回峰行を達成した。だが、おねしょが治らず、苦悩の末、山を下り、比叡山を望む松尾山中腹に草庵を結んだ。地蔵堂を建て、おねしょ封じのための地蔵菩薩像を造立し安置したともいう。
 以後、地蔵堂はおねしょ、下の病平癒の篤い信仰を集めた。病平癒した御礼参りには、年齢の数の梯子段を地蔵尊に奉納する慣わしがある。かつて地蔵堂は崖上にあり、梯子を渡さなければ参拝できなかったという。そのため地蔵尊も梯子地蔵と呼ばれたともいう。やがて、梯子を奉納する慣わしに繋がったのかもしれない。
◆恵堯 鎌倉時代?の天台宗の僧・恵堯(生没年不詳)。詳細不明。『大行満行記』中で、千日回峰行歴代大行満者は安土・桃山時代に、1番の1585年の法名・好運、2番の1590年の慶俊がいる。それ以前の記録は1571年の織田信長の焼き討ちで焼失している。
◆修行体験 一人整体と坐禅の会(不定期、毎月1・2回日曜日10:00-14:00)。健康道場で、禅的体操、プチ太極拳が行われる。虚弱な人、術後の人、肩こり、腰痛・膝痛、自律神経失調症者などを対象にしている。歪んだ骨格を正す「一人整体」、「三種の呼吸法」などがある。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『洛西歴史探訪』『新版 京のお地蔵さん』『京都のご利益手帖』『こころ美しく京のお寺で修行体験』


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本堂

本堂

地蔵堂

地蔵堂

地蔵堂

梯子地蔵

おねしょ封じの御礼参りのための木製梯子、地蔵尊の脇に立てかけられている。病が平癒すれば、年の数の梯子段を作り、奉納する慣わしがある。

地蔵尊

法華塔とある。かつては天台宗?。

法塔

境内より東の景観、比叡山(右の山)
 薬師禅寺 〒616-0026 京都市西京区嵐山薬師下町48   075-882-8548
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