山王神社 (京都市右京区) 
Sanno-jinja Shrine
山王神社 山王神社 
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 山王神社(さんのう じんじゃ)のある山ノ内宮脇町の地は、古くより比叡山延暦寺の所領地になっていたという。伝教大師最澄の母・妙徳夫人の生地といわれ、延暦寺との深い関わりがあった。当社はかつて、天台座主を退いた良真が建立した普賢寺の鎮守社だったという。
 祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)、玉依姫神(たまよりひめのかみ)、大己貴神(おおなむちのみこと)を祀る。
 
境内の夫婦岩は夫婦和合、安産、子授け、子孫繁栄の信仰を集める。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 平安時代、第72代・白河天皇(在位1073-1087)の頃、近江坂本の日吉山王大神より勧請したという。山ノ内はかつて比叡山延暦寺の山門領だった。普賢寺と号する第36代・天台座主・良真(源通輔子、1022-1096)の西の京禅房があり、その守護神として山王大神を祀っていたという
 江戸時代、1830年頃、妙徳の菩提寺普賢寺は念仏寺(山ノ内)と合併したという。
 1816年、当社神殿が建てられる。
 1848年、拝殿が建てられた。
 近代、1878年、境内南の山ノ内赤山町に祀られていた赤山神社、山ノ内瀬戸畑町に祀られていた若宮神社が当社境内に遷されている。
 現代、1990年、台風により神殿が損壊した。
 1991年、神殿を新築する。
◆良真 平安時代の僧・良真(りょうしん、1022-1096)。比叡山の慶命、明快に学ぶ。長宴より灌頂を受けた。1081年、天台座主。大僧正。1093年、山門内部の対立により座主を辞し、山を下り山之内に移る。俗姓は源、号は円融房。
◆神像 神殿に、平安時代末期作とみられる一木造の神像3体を祀る。
◆庭園 近世作庭と見られる庭園がある。巨石を用い、江戸時代、「元文五年(1740年)」銘の「山王大権現」 と刻まれた石が立てられているという。
 1919年に庭は整備された。2001年、庭に水琴窟が復元され、大地主神(おおとこぬしのかみ)として祀られている。2002年、門が移築される。非公開。
◆男岩・女岩 本殿手前脇に男岩・女岩二つの大岩「夫婦(めおと)岩」が祀られている。かつて神前の両側に置かれていたという。逸話がある。平安時代、天台座主・良真(りょうしん、1022-1096)がこの地を訪れた際に、その後を追い比叡山からともに飛来したという。
 岩はやがて夫婦岩と呼ばれた。夫婦和合、縁結び、安産子授けの信仰があり、岩を撫で、両岩を左から三回廻り祈願する。嬰児の初宮詣の際には、神酒、洗米、梅干しを供えた。梅干しの皮で鼻を摘み、その皺の多いほど長命とされ、その鼻高出世を祈った。梅干の種は女岩中央の窪みに納め、これに神酒を注ぎ、子孫繁栄を祈った。また、浄土石に念じる人の氏名、年齢を記し、念じながら無言で左回りに岩の周りを三回廻る。その後、女岩の前の窪みにこの石を納めて祈願する。また、授かった子の名を刻んだ石を女岩に入れて子孫繁栄を祈願するともいう。
◆普賢寺 普賢寺の詳細不明。山ノ内(山之内)はかつて延暦寺、山門領内だったという。山内(さんだい、叡山の内の意)と呼ばれた。平安時代、この地に第36世天台座主・良真(源通輔子、1022-1096)が建立したという西ノ京禅房があり 普賢寺と称した。一帯に堂舎、僧房が建てられていた。良真は1093年、山門内部対立により座主を辞し、山を下りて京都山之内に移っている。
 普賢寺は妙徳の菩提寺でもあったという。江戸時代、1830年頃、普賢寺は当社境内の南にある念仏寺(山ノ内)と合併したという。 
◆年間行事 例祭(10月第三日曜日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考資料 『京のご利益めぐり』、当社駒札、瀬戸畑町内会駒札、『京都の自然ふしぎ見聞録』


  関連・周辺山ノ内念仏寺(水子供養寺)      周辺      関連山王神社(東山区)           

舞殿

本殿

本殿

狛犬、砂岩

夫婦岩、左女岩、右男岩。女岩は高さ1m、幅2.5m。男岩は高さ1.5m、幅1.3m。地中に大部分は埋められており実際には5mほどある。チャート。
夫婦和合、安産、子授けの岩。安産祈願では両岩を撫で子授けを祈り、両岩を左より三回廻り祈願する。

浄土石に願い事を記して女岩に納める。

赤山神社、1878年、山ノ内赤山町に祀られていた赤山神社が遷された。泰山府君を祀る。

赤山神社

若宮神社、1878年に、山ノ内瀬戸畑町に祀られていた若宮神社が当社境内に遷された。旧地には石碑が立てられている。湍津姫神(たぎつひめ)、白山姫神(しろやまひめのかみ)を祀る。縁結びの祖神。

若宮神社

祖霊社、歴代神主、氏子総代、神事係などの霊を祀る。春分の日に慰霊する。1967年創建。

祖霊社

お福稲荷神社、稲荷大神。
逸話が残されている。境内大樹の根元に白い蓑傘が落ちていたという。拾おうとするとそれは白蛇のとぐろだった。そのため、祠を建てて招福を祈り祀ったという。

お福稲荷神社

お福稲荷神社

お福稲荷神社

手水舎


庭園、茶室「清々」は1985年に建てられた。庭には大岩石が置かれているという。男岩と呼ばれ、かつて本殿前に男岩女岩と相対して置かれていたという。その後、磐境として庭に移された。湯立神楽の釜据石、古神符焼納砕石も保存されているという。水琴窟がある。茶室「清々」も建てられている。

庭園、水琴窟

庭園、水琴窟(中央)

庭園

親鸞史跡、親鸞が布教のために当社にも立ち寄ったという。その足跡石、座石というのが残されている。黒色チャート。

山王楠 クスノキ、区民の誇りの木。高さ17m、幹周り390m、樹齢700年という。境内には数本のクスノキの大木が植えられている。

【参照】付近には「山ノ内」の地名が残る。

若宮社旧跡

若宮社旧跡
 山王神社 〒615-0092 京都市右京区山ノ内宮脇町5   075-821-0934  9:00-17:00
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