宝泉院 (京都市左京区) 
Hosen-in Temple
宝泉院 宝泉院 
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法然衣掛け石




五葉松、近江冨士を模しているという樹齢700年の大木。

五葉松




鶴亀庭園、樹齢300年の沙羅双樹がある。


鶴亀庭園
 小野山から流れる律川を南にして宝泉院(ほうせんいん)はある。勝林院の塔頭の一つになる。額縁庭園の庭が知られている。
 天台宗、本尊は阿弥陀如来。
 京都洛北・森と水の会。
◆歴史年表 
創建の詳細、変遷は不明。
 平安時代後期、仁寿年間(851-854)、円仁が声明専門の寺として創建したともいう。
 1012年、寿永年間(1182-1185)とも、創建されたともいう。大原寺(勝林院)住職の僧坊として、天台声明の道場として開かれた。
 江戸時代初期、現在の伽藍が再建されたとみられている。 
 近代、1868年以降、勝林院の院号は、四坊総称から本堂の呼称になる。4院の内、勝林院の子院として宝泉院、実光院が残った。
◆円仁 平安時代の天台宗の僧・円仁(えんにん、794-864)。慈覚大師。下野国に生まれた。9歳で大慈寺の広智に学び、808年、15歳で唐より帰国した比叡山の最澄に師事、その最期まで14年間仕えた。815年、東大寺で具足戒を受ける。比叡山で12年の籠山行に入る。5年後、法隆寺、四天王寺での夏安吾(げあんご)講師、東北への教化を行う。一時心身衰え、829年、横川に隠棲した。苦修練行を続け、夢中に霊薬を得て回復し、『法華経』書写を始め、小塔(如法堂)を建て写経を納めたという。838年、最後の遣唐使として渡り、9年間学ぶ。847年、帰国、仏典、金剛界曼荼羅など多数を持ち帰った。新羅声明を天台声明として取り入れ、その祖になる。848年、比叡山に戻り、円珍に密教を教えた。854年、第3世・天台座主に就く。862年、東塔に天台密教の根本道場・総持院を建立した。東京・瀧泉寺、山形・立石寺(円仁の遺体納葬の入定窟がある)、松島・瑞巌寺など多くの寺を開いた。『顕揚大戒論』ほか、唐滞在記である『入唐求法巡礼行記』(全4巻)を著す。没後、日本初の大師号(慈覚大師)を贈られた。入唐八家(最澄・空海など)の一人。
 円仁は、法華経と密教は同等であり、円密は一致するとし、天台密教(三部密教、胎蔵部、金剛部、蘇悉地部)を確立した。また、浄土教を一乗思想として天台宗に取り入れた。
◆建築 山門、玄関、庫裏、客殿、客殿南東に旧玄関、客殿北西に茶室が2つがある。その北東に土蔵がある。
 ◈「客殿(書院)」は室町時代、1502年の再建とされる。実際には、江戸時代初期の再建といわれている。廊下天井は「血天井」と呼ばれ、安土・桃山時代、1600年、伏見城で自決した鳥居元忠の板間が移された。
 ◈「書院」は、大田邸(茨木市)の表書院として、1906年に番匠・太田由太郎により建てられた。2009年より当院に移され再興された。書院の一段上に離れ屋敷(広間)があり、渡り廊下を上段に設け、茶室(小間)に繋ぐ。渡廊下の傍らに、浴室がある。1917年に梨本宮の来訪に際して設けられた。
◆茶室 茶室「日新庵」は、1905年に建てられた。大阪府茨木市の大田庄次郎が、裏千家・又玅斎(実質的には円能斎)に依頼した。棟梁は高槻の太田某による。2013年に当院に移された。
 四畳半、水間、物入、土蔵による。道具蔵と直結されている。離れ屋敷(広間)より渡廊下が水屋に繋がっている。
◆声明 声明(しょうみょう、梵唄、梵音)は、寺院の法要儀式の中で行われる仏教の儀式音楽であり、経典などに独特の節をつけて僧侶により唱和される。その内容は、仏、菩薩、神々を賛美した。後に、声明を唱えることが修業になり、また、声明成仏として行われるようになった。
 声明は、仏教の起こりとともに古代インドのバラモン僧により始まる。梵唄といわれ、中国に伝えられた。三国時代の曹植により魚山(山東省東阿県)で完成される。さらに、飛鳥時代、また奈良時代-平安時代に日本に伝えられたという。文献初見は、752年で、東大寺大仏祈願供養、四箇法要で僧200人により唱えられた。その後、真言系、天台系に分かれる。
 大原の天台声明(魚山声明)は、平安時代初期、慈覚大師円仁により、中国よりもたらされ、比叡山・念仏三昧堂が建立された。以後、魚山に地形が似ているとして、大原に僧坊が建てられる。平安時代後期、円仁の9代目の弟子・寂源により建立された勝林院は、円仁が伝えた声明を継承するために開かれている。さらに、融通念仏の聖応大師良忍が来迎院を建立した。ここに声明は統一され、ニ院を本堂として魚山大原寺と総称された。声明の根本道場として今日まで継承され、天台声明、真言声明が伝えられている。
 声明は、仏教にとどまらず、今様、平家琵琶、謡曲、浄瑠璃、小唄、長唄、浪花節、民謡、演歌などにも影響を与えた。声明は、寺院の法要儀式の中で行われる仏教の儀式音楽で、経典などに独特の節をつけて僧侶により唱和される。その内容は、仏、菩薩、神々を賛美するもので、後に、声明を唱えることが修業になり、また、声明成仏として行われるようになった。
◆庭園 ◈「盤桓園(ばんかんえん)」は、客殿西の庭園をいう。立ち去りがたいの意という。額縁庭園とも称されている。西の庭は、客殿(20畳)の5間の長押間にある柱間、下の腰板を額に見立て、枠内の景色を愛でる趣向になる。本来は、床の間前より鑑賞する。庭内の植栽(桜、躑躅、皐月、楓)と生垣、その先の孟宗竹林、背後の翠黛山(向浦ノ山)の山影が借景になる。近景、中景、遠景により構成されている。手前右手の水琴窟により音も楽しめる。
 ◈客殿南の庭に、樹齢700年以上の「五葉の松」(京都市都市指定天然記念物)が植えられている。松は、近江富士(滋賀野洲の三上山)を模している。太い幹、枝ぶりを鑑賞するための趣向が凝らされている。高さ11m、根回り4.5m、枝南北に11.5m、東西に14m。
 ◈「鶴亀庭園」は、客殿東にある。江戸時代中期作の作庭による。格子越しに鑑賞する。池は鶴が羽根を広げた形になり、築山が亀に見立てられている。樹齢300年の山茶花の古木が蓬莱山を表すという。樹齢300年の沙羅双樹が植えられている。
 ◈北の庭は「鹿野苑(ろくやおん)」と呼ばれ、山水が引き入れられている。
 ◈「宝楽園」は、境内南に、2005年、園治(えんや)により新しく作庭された。「仏神岩組雲海流水回遊花庭」ともいわれる。地球太古の創生と原初の海を表したという。石組は、念殊石(海石、東北・念殊関産)により、三尊来迎(阿弥陀仏、観音菩薩、至勢菩薩)を表す。珍しい亀甲石(長野・天狗山産)は雲を表し、銀石(三波峡産)により、坐禅石、蓬莱山、龍稚魚、宝船石、石橋などが組まれている。白川砂は、海流水、または雲海を表し、立砂、向月台も配置されている。台付花桃ほか、さまざまな樹木も植えられている。
 ◈客殿北東の茶室前に空池がある。
◆血天井 「血天井」は、伏見城の床板であり、その霊を供養するために天井板にした。
 1600年、関ヶ原本戦の前哨戦だった伏見城の戦いで、攻城軍の総大将・宇喜多秀家、副将・小早川秀秋による4万の大軍に対して、城を守った総大将・鳥居元忠らはわずか1800人の兵だったという。鳥居ら380人は自刃して果てた。その際の血の海になった床が、その後、各所の寺の天井板に使われたといわれている。
障壁画 書院に現代の洋画家・松井守男(1942-)による襖絵8面がある。
◆サヌカイト サヌカイト(讃岐岩、カンカン石)による石盤は、声明の大家・深達僧正が音律を調べるために用いていた。
 二連式の「理智不二水琴窟」は、二つの瓶の間にサヌカイトが挟まれた特殊な造りになっている。
◆法然衣掛け石 「法然衣掛け石」は、書院玄関前にある。「袈裟掛け石」ともいう。かつて若桜街道の路傍にあり、その後、現在地に移された。
 平安時代の皇慶阿闍梨(977-1049)の大原在住に、常に従った護法童子がいた。童子は、師の袈裟が汚れると、天竺の無熱池(むねっち)に行き、洗い濯いでこの石に掛けて乾かしたという。
 池は、「無熱悩池(むねつのうち)」、「阿耨達池(あのくだっち)」、「マナサロクル湖」とも呼ばれた。ヒマラヤの北にあり、金・銀などの四宝の岸があった。池には竜王が棲んだ。池の四方より、ガンジス川など四つの川が流れ出ており、世界を潤していたという。(『山州名跡志』巻5)
◆花暦 梅、桜、新緑、紅葉。
◆樹木 ゴヨウマツ(京都市指定天然記念物)は、本堂の庭園南側にある。3本の幹に分かれ中央が最も大きい。樹冠は扇形(富士山形)になる。樹高は11m、枝張り南北11.5m、東西14m、根回り4.25mある。
◆年間行事 庭園のライトアップ(11月-12月)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都四季の庭園』『京都大事典』『秘密の京都』『昭和京都名所図会 3 洛北』『平成29年度 春期 京都非公開文化財特別公開 拝観の手引』『京都 神社と寺院の森』『週刊 京都を歩く 5 大原』


  実光院      勝林院                      

客殿付書院

「理智不二水琴窟」

盤桓園


庭園「盤桓園」の五葉松、「大原や無住の寺の五葉の松」高浜虚子

盤桓園


五葉松

五葉松

盤桓園

盤桓園

盤桓園

血天井

床の間

囲炉裏の部屋、庭園の「鹿野苑」



囲炉裏の部屋の脇にある坪庭

庭園「宝楽園」

庭園「宝楽園」

「宝楽園」

輿


サヌカイトの石盤
 宝泉院 〒601-1241 京都市左京区大原勝林院町187  075-744-2049  9:00-17:00
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