来迎寺 (京都市山科区)
Raigo-ji Temple

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 旧東海道に南面し来迎寺(らいごうじ)が建つ。現在、本堂は2階にあり、1階には安朱保育園が入る。山号は九品山という。
 浄土宗、永観堂禅林寺。本尊は阿弥陀仏を安置している。
◆歴史年表 鎌倉時代、1227年、西山国師が建立した。当初は現在地の北、鴬谷(毘沙門道付近)にあったという。
 安土・桃山時代、1570年、織田信長と戦った浅井長政の兵により焼かれた。
 江戸時代、1631年、再建される。
 1716年、焼失した。本尊の阿弥陀如来も失われる。唯一、鉦と長い数珠だけが焼け残る。
 1717年、現在地に再建された。
 1720年、現在の本尊・阿弥陀仏が寄進される。
◆証空 平安時代-鎌倉時代の僧・証空(しょうくう、1177-1247)。善恵房証空。鑑知国師、西山国師。加賀・源親季の子、久我通親の猶子。1190年、14歳で出家、浄土宗開祖・法然の弟子となる。以後、法然臨終までの23年間師事した。日野の願蓮に天台学、政春に台密を学ぶ。1212年、法然の死去により、善峯寺中尾・蓮華寿院に入り、やがて道覚法親王に譲り、北尾往生院(三鈷寺)に移った。1227年、嘉祿の法難に際して流罪を免がれる。1229年、奈良・当麻寺の「観経曼陀羅」に感得した。1243年、第88代・後嵯峨天皇の勅により、歓喜心院を創建する。宮中で度々講じ円頓戒を授与した。白河・遣迎院で亡くなる。門弟により遺骸は西山三鈷寺の華台廟に葬られた。建立した主な寺院は、西山善峯寺北尾往生院、歓喜心院、浄橋寺、遣迎院などがある。浄土宗西山義の派祖。
◆仏像 江戸時代、1716年、本尊・阿弥陀如来は焼失した。1720年、現在の本尊・阿弥陀仏が寄進されている。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『事典 日本の名僧』、京都市立安朱小学校サイト「校区の史跡」


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 来迎寺 〒607-8009 京都市山科区安朱北屋敷町9  075-581-1312
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