地蔵院 (宇治市)
 Jizo-in Temple
 地蔵院  地蔵院 
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宝庫
 宇治市白川の集落地に地蔵院 (じぞういん)はある。白川地蔵院とも呼ばれている。廃絶した白川金色院(しらかわこんじきいん)とゆかりある白川神社の北西方向にあり、金色院の遺宝の多くが遷されている。山号は延命山という。
 浄土宗、本尊は阿弥陀如来を安置している。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 室町時代、弘治年間(1555-1558)、また、中世(鎌倉時代-室町時代)、白川村惣堂として創建されたことに始まるという。長柱法印による地蔵堂建立が始まりともいう。
 近代、1868年、廃絶した金色院の仏像など数多くが遷された。
 現代、1991年、銅造阿閦(あしゅく)如来立像など3体が盗難に遭う。
◆仏像 金色院鎮守社の白山神社より遷された遺仏として、平安時代の木造「伊邪那美尊坐像」(重文)、平安時代の木造「十一面観音立像」(重文)がある。
 金色院より遷された遺仏は、奈良時代の銅造「阿弥陀如来・脇侍像」2体(重文)があり、当初、阿弥陀三尊像として造立された。右脇侍が失われている。
 ほかに、平安時代の銅造「阿閦如来立像」(重文)(38㎝)、銅造「釈迦如来坐像」(重文)(26㎝)、銅造「大威徳明王像」(重文)(17㎝)、阿弥陀三尊像の脇侍とみられる木造「観世音菩薩坐像」(重文)(79㎝)、木造「阿弥陀如来立像」(重文)(82㎝)などがある。
 ただ、1991年、銅造「阿閦如来立像」、銅造「釈迦如来坐像」、銅造「大威徳明王像」の3体が盗難に遭っている。ほかは現在、奈良国立博物館寄託。
 平安時代の板彫「両界曼荼羅2面」(重文)など。
◆文化財 平安時代-江戸時代の「大般若経」563巻、巻子改装折本(24㎝、9.4㎝)(市指定文化財)は、当初、南北朝時代、1350年に観音寺(宇治田原市)に施入れされた。その後、江戸時代以来、金色院の鎮守社・白山大権現に奉納され所蔵されていた。その後、近代になり当院に遷された。平安時代末期の写経352巻、鎌倉時代版本春日版149巻には60数巻の表紙見返しに騎獅士文殊像版画がある。ほかに、室町時代-江戸時代の補写本93巻からなる。第163巻には西大寺僧・叡尊(1201-1290)が平岡社への奉納をしたことが記され「願主西大寺沙門叡尊」と奥書にある。叡尊の伝記的な資料のひとつといわれている。
 室町時代、1463年の「金色院御堂再興勧進状」(京都府指定文化財)などがある。
 平安時代、1128年、写経「紺紙金泥法華経」(開結共9巻、欠第3巻)は、賀佐近直が両親兄弟などの成仏得道のために書写したものという。巻子装縦25.2㎝。
 平安時代の板彫両界曼荼羅(重文)。
 南北朝時代、「金色院 建武二年(1336年)」の銘ある「梵鐘」(京都府指定文化財)は、金色院最古の遺物になっている。乳4段5列、上・下帯素文、撞座八葉蓮弁形、引接寺の梵鐘を鋳造した鋳物師・藤井姓作とみられている。龍頭の一部が欠損しているが高さ144㎝、口径79.4㎝。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都の仏像』『宇治の文化財-宇治市指定文化財』『京都市の地名』『京都府の歴史散歩 下』


  関連・周辺白山神社・金色院跡(宇治市)      周辺       関連           

宝庫

叡尊の奥書がある「大般若経」、説明板より

「大般若経」、騎獅士文殊像版画、説明板より

鐘楼

梵鐘

石灯籠、「弘法大師」とある。

【参照】付近の光景
 地蔵院 〒611-0022 宇治市白川川上り谷73   0774-21-2270  
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