久世廃寺跡 (城陽市)
The ruins of Kuse-haiji Temple

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久世廃寺跡、説明板のある小さな公園付近


久世神社境内にある久世廃寺の土檀


奈良時代末(8世紀)の金銅製誕生釈迦仏立像(6.9㎝)。説明板より。



説明板より、久世神社の社殿は中央やや右上に当たり、左端下に奈良線の線路が境内参道を縦断する形で走る。築地遺構は逆L字の灰色の帯部分、境内の北に7号墳がある。伽藍の遺構は画面中央より左部分(西側)より見つかっている。

 城陽市久世、現在の久世神社境内一帯は、古くより古瓦が採取されることから研究者の間では廃寺跡と推定され、久世廃寺(くせはいじ)と呼ばれていた。 
 その後の発掘調査により、奈良時代前半に創建されたとみられる古代寺院、久世廃寺跡の東側に当たるといわれている。現在、久世廃寺跡は国指定史跡になっている。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 奈良時代前期、創建されたとみられている。
 8世紀(701-800)中頃 伽藍が整備される。
 平安時代、9世紀(801-900)、荒廃した。
 11世紀(1001-1100)前半、廃絶している。
 現代、1967年、山田良三はJR奈良線西側で採取した軒瓦より、7世紀中葉-奈良時代末の久世寺院跡と推定する。
 1968年、山田良三により塔跡、金堂跡、講堂跡の土檀が復元される。
 1975年、城陽市教育委員会の発掘調査により築地跡が確認される。
 1979年、城陽市教育委員会により築地東南隅部が確認される。塔、金堂、講堂の基壇が確認される。
 1980年、城陽市教育委員会による講堂跡の発掘調査により瓦積み基壇が確認される。
 1989年、城陽市教育委員会により、久世神社本殿東に奈良時代後期とみられる補修用瓦の窯跡が確認される。
 1981年、城陽市教育委員会により、後世になるとみられる瓦溜まりが確認された。
 2007年、国の史跡に指定された。
◆山田良三 近現代の考古学研究者・山田良三(1928-)。熊本県生まれ。立命館大学卒業。京都府立城南高校学校勤務、京都府立盲学校長、向日市文化資料館館長、奈良県立橿原考古学研究所指導研究員。由良大和古代文化研究協会副理事長などを歴任。
◆遺跡 久世廃寺跡は、木津川右岸丘陵の一支脈、芝ヶ原丘陵の西南端に位置する。現在の久世神社境内南の東西の参道の南、JR奈良線路付近に接する地点に南門があり、築地が東西方向、さらに南北に廻っていた。その北に西より東へ金堂、三重塔、回廊が一直線上に配され、金堂と塔の北に講堂が配されていた。このように、塔と金堂を東西に並立する法起寺(ほっきじ)式伽藍配置になっていた。回廊、中門は撹乱により確認されていない。現在の久世神社社殿の東には窯跡が見つかっている。 
 現在の久世神社境内一帯は、久世廃寺の東部分に当たり、塔跡、金堂跡、講堂跡が土檀として残り、基壇は瓦積みになっている。久世廃寺跡境内は、東西120m、南北135mあり、塔跡瓦基壇(東西13.7m、南北13.4m)、金堂跡瓦基壇(26.7m、21.3m)、講堂跡瓦基壇(23.5m、13m)が残されている。7間(21m)、4間(10.5m)の四面庇の伽藍が建てられていた。
 南門跡に基底部(南北4.3m、東西8m以上)がある。築地跡は南、東辺の基底部のみが確認されている。瓦類は奈良時代前期-平安時代初期のものが出土している。奈良時代後期の軒瓦は平城京、恭仁宮、奈良・薬師寺と同氾であり、中央政府、大寺院との関わりもあったとみられている。境内東より補修用瓦を焼いた瓦窯跡も見つかっており、奈良時代末-平安時代初期にはこの地で補修が行われていた。土器類は9世紀前半-11世紀中期までがある。そのほか、硯、陶器、銭貨が検出されている。境内背後地から平安時代の多量の瓦や鉄釘、南門跡北の瓦溜まりから平安時代初頭の多量の瓦、奈良時代末(8世紀)の金銅製誕生釈迦仏立像(6.9㎝)も見つかっている。
 芝ヶ原遺跡の発掘調査により、遺跡は旧石器時代から奈良時代の複合遺跡とみられ、久世廃寺建立以前(6世紀後半-7世紀前半)に、一帯には大規模な集落が存在し、廃寺を支えていたとみられている。遺跡には、古代久世郡衙(ぐんが)と推定される地点もある。律令制下では、国の下に郡、郷、里が置かれた。このうち、郡司は地方有力豪族より選ばれ、役所である郡衙に出向いていた。
 なお、講堂跡の北には1号墳、3号墳、現在の久世神社社殿北に7号墳が見つかっている。これらは、芝ヶ原1号墳-7号墳と呼ばれ、6世紀前後の円墳2基、円墳5貴がある。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『城陽市史 第一巻』、城陽市教育委員会説明板

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久世廃寺跡 〒610-0102 城陽市久世芝ケ原142  
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