安泰寺旧跡 (京都市北区)
Historic sites of Antai-ji Temple

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石碑
 洛北の玄琢の住宅地に「祖門興道大和尚遷化の地」と刻まれた石碑のみが立つ。かつてこの地には安泰寺(あんたいじ)があり、多くの学匠を輩出した。その後、兵庫県美方郡に移る。山号は久斗山(くとやま)という。
  曹洞宗。
◆歴史年表 近代、1924年、洛北の玄琢に丘宗潭(おか そうたん)は、曹洞宗宗学研究の学堂として安泰寺を開創した。
 1941年、第二次世界大戦まで、同宗宗学はこの学堂により継承発展した。
 第二次世界大戦(1941-1945)中、一時荒廃する。 
 代、1949年、沢木興道、内山興正の師弟が入寺し、道元の只管打坐を行う「紫竹林参禅道場」として再興された。坐禅と托鉢行に徹し、道場には、国内、世界各地より多くの参禅があった。
 1977年、久斗山(兵庫県美方郡新温泉町)に移転した。移転理由は、修行者の増加、周辺宅地化に伴い、本来の中国禅理想である自給自足の修行に徹するためとされた。安泰寺は久斗山に現在も存在している。
◆丘宗潭 曹洞宗の僧・丘宗潭(おか そうたん、1860-1921)。尾張国生まれ。西有穆山(にしあり ぼくざん)、白鳥鼎三、長野普照に師事した。岐阜・洞雲寺、静岡・修禅寺住職を歴任する。1899年、曹洞宗大学林学監・教授、1905年、永平寺の眼蔵会(げんぞうえ)初代講師、1917年、永平寺監院、1918年、母校の曹洞宗大学学長。1921年、安泰寺を創建した。 


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 有縁有志の案内板


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安泰寺旧跡 〒603-8461 京都市北区大宮玄琢北東町3-77
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