野々村仁清の窯跡・伊藤大輔の旧宅 (京都市右京区)
The remains of the pottery furnace by NONOMURA Ninsei
野々村仁清の窯跡 野々村仁清の窯跡 
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「陶工仁清窯址」の石標
 仁和寺の南、京福電鉄の踏み切りを渡った東側、民家の間に挟まる形で、「陶工 仁清窯址」の石標が立つ。
 この地は、江戸時代前期の陶工・野々村仁清(ののむら にんせい)の窯跡という。後に近現代の映画監督・伊藤大輔の邸宅があった。現在は、いずれの面影もない。
歴史年表 江戸時代、1647年頃、野々村仁清は、御室仁和寺門前に御室窯を開き御室焼を始める。
◆野々村仁清 江戸時代前期の陶工・野々村仁清(ののむら にんせい、生没年不詳)。詳細不明。野々村清右衛門。丹波国野々村(美山町)の生まれという。瀬戸、美濃、京都・粟田口などで学ぶ。1647年頃茶人・金森宗和は、粟田口窯場の名陶工・清右衛門を引き抜く。清右衛門は、御室仁和寺門前に御室窯を開き御室焼を始める。明暦年間(1655‐58)仁和寺の「仁」、清右衛門の「清」より「仁清」と称し、その銘印を作品に捺した。金銀極彩色錦手色の京焼色絵陶器を完成させる。轆轤(ろくろ)の技に優れ、銹絵(さびえ)、染付、色絵などの茶器、懐石道具などを生む。「日本色絵の祖」とされている。
 仁清窯跡としては葛野郡御室のほか、愛宕郡御菩薩、岩倉(粟田口)、清閑寺、讃岐丸亀、信楽など各地に15か所もある。
◆伊藤大輔 近現代の映画監督・伊藤大輔(いとう だいすけ、1898-1981)。愛媛県宇和島市生まれ。松山中学で伊丹万作、中村草田男らと同人誌発行、1920年松竹キネマ付属の俳優学校に入る。初監督作品は「酒中日記」(1924)、独立し1926年伊藤映画研究所、1926年日活太秦撮影所、作品には傑作といわれた「忠次旅日記」三部作(1927)、「下郎」(1927)、大河内伝次郎の丹下左膳が登場した「新版大岡政談」(1928)、傾向映画「斬人斬馬剣」「一殺多生剣」(1929)などがある。1933年新映画社を経て同年に日活に戻る。1936年映画監督の伊丹万作、衣笠貞之助、村田実、牛原虚彦らと日本映画監督協会を設立。「王将」(1948)、傑作時代劇「反逆児」(1961)を撮る。移動撮影を好んだ。脚本家としても活躍した。
 御室の旧宅地にはかつて仁清窯跡があり、庭を掘ると銘ある陶片が出土していたという。墓は蓮華寺(右京区)にある。

 
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都隠れた史跡100選』『日本のやきもの 京都』『シネマの京都をたどる』『京都シネマップ 映画ロマン紀行』


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野々村仁清の窯跡・伊藤大輔の旧宅 〒616-8093 京都市右京区御室堅町15-7、府道130号線の東側 
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