新宮神社 (京都市南区) 
Shingu-jinja Shrine
新宮神社 新宮神社 
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 新宮神社(しんぐう じんじゃ)は、速玉社(はやたま の やしろ)とも呼ばれた。九条家の屋敷稲荷神になる。  
  祭神は春日大明神、八幡大菩薩、稲荷大明神、速玉明神(はやたまみょうじん)を祀る。
 商売繁盛、足止めの神としても知られ、家出人の行方を知り、家に帰らせるとの信仰篤い。  
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 平安時代末、熊野信仰に伴い九条家が勧請したという。新宮社と称した。かつて現在地の北、東九条岩本町にあったという。
 江戸時代、300-400年前、社殿が存在した。往時、境内は現在地の東にあった。400坪(1 322㎡)の境内の森は、「しのもりさん」と称されていた。(社伝)
 近代、1879年、一村一社寺令により、旧東九条村に祀られていた3社のうち、新宮神社は境内地没収、廃社になる。宇賀神社(札辻、南区東九条東札ノ辻町)は残された。薬院神社(烏丸)は成興寺(南区東九条烏丸町)に遷される。(社伝)
 1880年、新宮神社は九条家宮廷跡の一角だった現在地に、新たに社を建立した。(社伝)
◆九条家 公家・九条家は、平安時代末の藤原忠通(1097-1164)の三男・藤原(九条)兼実(1149-1207)に始まる。藤原基経(836-891)の創建とされた九条の九条殿に因み家名由来になった。
 九条家は、藤原北家の嫡流であり、五摂家の一つに数えられた。鎌倉幕府と関わり深く、兼実は源頼朝と結び、兄・基実(1143-1166)の近衛家と対立、摂関家は二分された。
 兼実の孫、道家の子・教実(1211-1235)、良実(1216-1270)、実経(1223-1284)が摂関となり、(後)九条家、二条家、一条家を立て五摂家となる。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 当社縁起、『京都市の地名』『京都大事典』『稲荷信仰と宗教民俗』


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本殿覆屋

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新宮神社 〒601-8028 京都市南区東九条東御霊町24    
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