松巌寺(松岩寺) 〔天龍寺〕 (京都市右京区)
Shogen-ji Temple
松巌寺  松巌寺
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庫裡




福禄寿天の御堂



福禄寿天
 天龍寺の境内、総門より入る参道の北側、その西端に塔頭・松巌寺(しょうげんじ、松岩寺)がある。 
 臨済宗天竜寺派。
 天龍寺七福神めぐりの一つ、4番、福禄寿を祀る。人望を高めるという霊験がある。
◆歴史年表 南北朝時代、1353年、晦谷祖曇(まいこく そどん)の開山による。開基は公家・四辻善成(よつつじ よしなり)による。当初は、天龍寺の庭園背後にあった。
 江戸時代、亨和年間(1801-1804)、建物を売り借財にあてる。以後、荒廃した。(「年中記録」)
 1864年、禁門の変で焼失する。
 近代、1877年、明治期(1868-1912)初期とも、塔頭・南芳院(1870年に廃寺、その後再興)の跡地に移る。真乗院を合併し、再建された。また、南芳院と合併し、寺号も松巌寺と改めたという。
 現代、1952年、現在の福禄寿殿が建てられる。
◆晦谷祖曇 室町時代の臨済宗の僧・晦谷祖曇(まいこく そどん、生没年不詳)。詳細不明。夢窓疎石の直弟。足利義詮夫人・紀良子の母、智泉聖通尼(1309-1388)、四辻善成が帰依した。
 墓は松巌寺の旧墓地にある。
◆四辻善成 南北朝時代-室町時代の和学者・歌人・四辻善成(よつつじ よしなり、1326-1402)。尊雅王の子。第84代・順徳天皇の曾孫。妹は智泉聖通。1356年、源姓(順徳源氏)を賜与され臣籍に下る。関白・二条良基の猶子、1356年、従三位、1370年、権大納言、1381年、従一位、1395年、左大臣、同年出家し常勝と号した。
 和学者、歌人としても知られ、1362年頃、足利義詮の命により、『源氏物語』注釈書の『河海抄』20巻を源惟良名で著す。源氏の秘説を集めた『珊瑚秘抄』も著す。1400年、「後崇光院百番御自歌合」の判者、『風雅和歌集』などの勅撰集に入集。
 墓は松巌寺の旧墓地にある。
◆比佐芳武
 近現代の脚本家・比佐芳武(ひさ よしたけ、1904-1981)。北海道生まれ。市立神港商業を退学となり、1925年、僧籍に入る。1929年、マキノ・プロダクション入社、1931年、マキノ解散後は正映マキノキネマ、1932年、マキノ正博監督「喧嘩道中記」で初脚本。マキノとともに日活に入社。1934年、嵐寛寿郎プロダクションに移籍した。「喧嘩一代」「鞍馬天狗」「月形半平太」を執筆した。1935年、マキノトーキー製作所設立に参加、1936年、同社解散、1941年、日活の製作部門と新興キネマ、大都映画合併により大映に残る。1943年、マキノとともに松竹下加茂撮影所入社、戦後、1946年、大映京都撮影所で、松田定次監督、片岡千恵蔵主演「七つの顔」で片岡当たり役の多羅尾伴内を生む。1947年、「三本指の男」、1949年以降、東横映画、1951年、3社合併後の東映京都撮影所に移る。1965年、引退、1973年、NET(テレビ朝日)でも書いた。
 墓は天龍寺・松巌寺にある。
市川壽海 近現代の歌舞伎役者・三代目・市川壽海(いちかわ じゅかい、1886-1971)。屋号は成田屋。東京生まれ。1894年、五代目市川小團次に入門、明治座で初舞台。1905年、五代目・市川壽美蔵の養子となり、市川登升を襲名。1906年、名題昇進。1907年、明治座で六代目・市川壽美蔵を襲名。大正期(1912-1926)、二代目・市川左團次の演劇革新運動に加わる。1935年-1938年、東宝劇団に所属。1948年、関西歌舞伎に転じ、1949年、大阪歌舞伎座の「助六」「大森彦七」で三代目市川壽海を襲名。関西歌舞伎俳優協会会長。養子に八代目・市川雷蔵がある。
 墓は天龍寺・松巌寺にある。
◆浪花千栄子
 近現代の女優・浪花千栄子(なにわ ちえこ、1907-1973)。本名は南口キクノ。大阪府生まれ。京都で女給になり、18歳で村田栄子一座に入る。東亜キネマ等持院撮影所に移り、芸名・香住千栄子となる。1926年、「帰って来た英雄」の準主役、1929年、「新潮劇」に参加、1930年、松竹家庭劇に加わり、渋谷天外と結婚する。1948年、松竹新喜劇に加わる。天外と離婚し、1951年、松竹新喜劇を退団。その後、ラジオ、映画の溝口健二監督『祇園囃子』でブルーリボン助演女優賞を受賞した。多くの映画、テレビに出演した。
 墓は天龍寺・松巌寺にある。
◆真乗院 真乗院は、南北朝時代、貞治年間(1362-1367)、足利幕府宿老・細川頼之(1329-1392)により創建される。江戸時代、1864年の火災により焼失した。近代、松巌寺に合併される。
◆福禄寿 福禄寿殿に、天龍寺七福神めぐりの一つ、福禄寿を祀る。一刀彫の福禄寿は開基・四辻善成の念持仏だったという。人望を高めるとの信仰がある。
◆天龍寺七福神 天龍寺七福神めぐりの一つ、福禄寿天を安置する小堂がある。
 天龍寺七福神めぐりは、節分(2月3日)に天龍寺の総門前、法堂前で福笹を受け、境内塔頭7か寺を巡る。七福神がそれぞれ開扉され、お札を授かり一年の幸福を祈願する。
 三秀院(東向大黒天)、慈済院(水摺大弁財天)、弘源寺(三国伝来毘沙門天)、松厳寺(福禄寿)、妙智院(宝徳稲荷)、寿寧院(赤不動明王)、永明院(恵比寿)の7塔頭になる。
◆龍馬像 墓地入口正面奥に坂本龍馬(1836-1867)の像が立つ。
 1867年、龍馬が長崎より上京する船中で、同乗した後藤象二郎に示した8か条の新国家構想「船中八策」の碑が立てられている。
◆墓 旧墓地に晦谷祖曇の墓がある。
 四辻善成の墓がある。江戸時代の小五輪塔(90㎝)で、「松岩寺殿」と刻まれている。
 曇華院の開山・智泉禅師の墓がある。
 脚本家・比佐芳武、歌舞伎の三代目・市川寿海、女優・浪花千枝子の墓がある。
◆年間行事 天龍寺七福神めぐり(節分、2月3日)。


*普段は非公開、福禄寿天は参拝可。
*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『天龍寺』『京都の禅寺散歩』『京の福神めぐり』「山城国葛野郡天龍寺の境内地処 と関係資料」『昭和京都名所図会 4 洛西』



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松巌寺 〒616-8385 京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町67  075-871-5113 
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