大龍院 〔妙心寺〕 (京都市右京区)
Dairyo-in Temple
大龍院 大龍院 
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 妙心寺境内の西に、塔頭・大龍院(大竜院、だいりょういん)がある。 
 臨済宗妙心寺派、霊雲派。
◆歴史年表 江戸時代、1606年、大名・中村忠一が亡き父・一氏の七回忌に創建した。開祖は妙心寺80世・鉄山宗鈍(てっさん そうどん)による。養源院の寮舎愈好軒(ゆこうけん)に退居する鉄山を請した。当初は、北門に接した龍安寺道の北にあった。
 近代、明治期(1868-1912)、現在地(大領院<太嶺院、だいりょういん>旧地)に移転した。
 1878年、取畳み(とりたたみ、建物の廃止、取り壊し)により、本尊は塔頭・徳雲院に安置した。
 現代、1978年、大領院と合併し、大龍院と改称した。
◆鉄山宗鈍 室町時代-江戸時代の臨済宗の僧・鉄山宗鈍(てつざん そうどん/てっさん そうとん、1532-1617)。霊光仏眼禅師。甲斐の人。甲斐・恵林寺(えりんじ)で出家、駿河・清見寺(せいけんじ)の東谷宗杲(とうこく しゅうこう)、天竜寺の策彦周良(さくげん しゅうりょう)らに学び、宗杲の法嗣。1571年-1576年頃、信州高遠・建福寺住持。1575年、妙心寺80世。徳川家康の師範になり、1592年、家康に招かれ武蔵・平林寺(へいりんじ)住持。1606年、妙心寺・大龍院を開く。
◆中村忠一 江戸時代の大名・中村忠一(なかむら ただかず、1590-1609) 。駿河に生まれた。一忠。中村一氏の子。母は安養院(池田恒興の娘)。1600年、11歳で伯耆・米子藩主中村家初代となる。2代将軍・徳川秀忠の1字をもらい、秀忠・養女と結婚した。1600年、父没後、生前に一氏と会談していた徳川家康は、11歳の忠一に伯耆一国を与え、米子に移封、伯耆守に任じ国持大名とした。叔父・横田村詮が後見役、執政家老として付く。1603年、忠一の側近・安井清一郎らによる村詮排除は村詮は誅殺に至る。抗した村詮の子・主馬助らの飯山立て籠もりは鎮圧された。このお家騒動に幕府は首謀者らを切腹に処した。一忠は品川宿止めの謹慎、お構いなしになる。1608年、家康から松平姓を与えられたが、翌年、20歳で急逝した。
◆中村一氏 室町時代-江戸時代の武将、大名・中村 一氏(なかむら かずうじ、?-1600)。近江国の人。父は中村一政とも。織田氏の家臣・羽柴秀吉に仕えた。1573年頃近江長浜に所領を得る。1577年、天王寺攻略、本願寺門跡派の一揆鎮圧、1582年、山崎の戦い、1583年、賤ヶ岳の戦いの功により和泉国岸和田城主。1584年、秀吉の紀州攻めで城を守る。1585年、近江国水口岡山城主、従五位下式部少輔に叙された。1590年、小田原征伐の功により駿河国駿府を得る。1595年、駿河直領(蔵入地)代官、1598年、三中老の一人に任じられた。1600年、関ヶ原の戦いで東軍に与するが合戦前に病死。戒名は「大竜院殿一源心公大禅定門」。墓は静岡・臨済寺にもある。
◆大領院 現在の境内は、塔頭・大領院(だいりょういん、太嶺院)の旧地になっている。
 かつて衡陽院(こうよういん)といい、安土・桃山時代、1575年に創建された。開基は豊臣秀吉に仕えた斯波氏24代・津川義近、開祖は龍安寺・西源寺の東庵宗暾(とうあん しゅうとん)による。1582年、明智光秀が宿陣とし、破却されたという。1589年に東庵の弟子・密宗宗顕(みっしゅう しゅうけん)により再建された。この際に、鉄山宗鈍が援助した。大領院と改称している。
◆洗脚石 大龍院に「関山国師洗脚石」と呼ばれる石がある。妙心寺開山・関山慧玄(1277-1361、無相大師)が、天龍寺の夢窓疎石(1275-1351)を訪問する際に、必ず油掛地藏尊の処で、前に流れる川で足を洗っていたという。後、天龍寺の僧侶が気づき、洗いやすいようにと川の畔に石を移した。その後、天龍寺塔頭・南芳院に移され保存された。(「正法山誌」)。近代、今川貞山(1826-1905)により天龍寺より妙心寺塔頭・大龍院に移された。石は、今も庭園高台に残されている。今川貞山は、妙心寺派管長を務め、妙心寺に大龍院を再興している。
◆庭園 かつて大嶺院に山内唯一という池泉廻遊式庭園があった。近代以降荒廃した。1978年、大龍院と合併した際に、重森完途により整備された。


*非公開
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『妙心寺』『妙心寺 六百五十年の歩み』『洛西探訪』


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