如是院 〔妙心寺〕 (京都市右京区)
Nyoze-in Temple
如是院  如是院
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 妙心寺境内中央に塔頭・如是院(にょぜいん)がある。 
 臨済宗妙心寺派。本尊は観世音菩薩。
 霊雲派の亀仙派、直指派のひとつ、近世には院禄を持つ24塔頭のひとつに数えられた。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 室町時代、妙心寺8世・義天玄詔(ぎてん げんしょう1393-1462)の創建による。当初は大愚庵(だいぐあん)と称して現在の東海庵の地にあった。
 1462年、直指宗諤(じきし そうがく)が伊勢の檀越・奥平貞澄(おくだいら さだずみ)の援助を得て中興し、如是院の院号に改めた。現在の花園会館の地に移る。
 近世(安土・桃山時代-江戸時代)、院禄をもつ24院の塔頭のひとつになる。
 近代、明治期(1868-1912)、無住になる。乾徳院(徳雲院の旧跡)住職が兼務した。
 現代、1957年、現在地(保福院の旧跡)へ移建する。
◆直指宗諤 室町時代の僧・直指宗諤(じきし そうがく、生没年不詳)。詳細不明。細川高国の猶子。亀年禅愉の法嗣、妙心寺51世。1462年、妙心寺・如是院(にょぜいん)、1556年、妙心寺・東林院を中興する。
◆義天玄詔 室町時代の臨済宗の僧・義天玄詔(ぎてん げんしょう、1393-1462)。大慈慧光禅師。土佐に生まれた。15歳で剃髪、18歳で得度した。建仁寺の孤芳、福聚院の春夫に学び、1428年、尾張・瑞泉寺の日峰宗舜の法を嗣ぐ。土佐・瑞巌寺、1448年、妙心寺8世などの住持を務め再興した。1450年、龍安寺、丹波・竜興寺を開いた。細川勝元の帰依を受けその援助により、1453年、大徳寺39世となる。
◆福寿院 福寿院は江戸時代、1611年、東源慧等が開いた。当初は乾徳院と称した。近代、1878年、取畳み(とりたたみ、建物の廃止、取り壊し)になり、本尊は衡梅院に遷した。
◆東源慧等 江戸時代の臨済宗の僧・東源慧等(生没年不詳)。詳細不明。古宗紹こん(王+昆)の法嗣。1611年妙心寺・乾徳院(福寿院)を開いた。大悲寺法祖。1629年紫衣事件で奥州津軽の大悲寺配流される。法嗣に愚眼宗賢、天真恵彖など。
◆修行体験 座禅会、ワークショップ「バランスヨーガ・プチ座禅」。


*非公開
*妙心寺、如是院はヨガの問合せに対応していません。
*参考文献 『妙心寺』『妙心寺 六百五十年の歩み』『近世に於ける妙心寺教団と大悲寺』



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【参照】近くの妙心寺参道
如是院 〒 616-8035 京都市右京区花園妙心寺町56  075-461-2891 
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