春浦院 〔妙心寺〕 (京都市右京区) 
Shumpo-in Temple
春浦院 春浦院 
50音索引  Home 50音索引  Home








 妙心寺の境内の南東に域外塔頭・春浦院(しゅんぽいん)がある。
 臨済宗妙心寺派。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 江戸時代、1628年、永井尚主(ながい なおぬし、直右)は、妙心寺319世・空山宗空(くうざん そうくう)を請じて、荒廃していた一子院を再建したという。(『妙心寺史』)。また同年、現在地(松竹庵旧地)に子院の趙州院(じょうしゅういん)が創建され、春浦院の前身になったともいう。(寺伝)。同年、建立された酔月庵を前身とするともいう。
 1658年、現在地(松竹庵旧地)に春浦院が再興されたともいう。
 現代、1962年、新丸太町通の開通により、境内は分断され、3分の一に減じた。この時、建物も改修している。
◆空山宗空 江戸時代の臨済宗の僧・空山宗空(1651-1724)。真空円明禅師。1699年、妙心寺に住した。1716年、再住。妙心寺319世。大名・一柳末礼、横田重房などが帰依し檀越になる。
◆永井尚主 江戸時代の大名・永井尚主(ながい なおぬし、生没年不詳)。詳細不明。直右。老職(のちの老中)・永井尚政(1587-1668)の4男。
◆山口雪渓 江戸時代前期-中期の画家・山口雪渓(やまぐち せっけい、1644-1732)。京都の生まれ。室町時代の水墨画に傾倒し、雪舟、牧谿(もっけい)に私淑し雪渓と号した。狩野永納、長谷川左近に学んだともいう。作品に「桜楓図屏風(びょうぶ)」、醍醐寺「桜楓図屏風」や清水寺「涅槃図」など。
◆趙州院 妙心寺の子院の一つという趙州院(じょうしゅういん)は、春浦院の前身ともいう。かつて車道にあり、石禅(せきぜん)和尚が松竹庵旧地に移したという。江戸時代、1628年の創建ともいう。1686年に移転したともいう。
◆庭園 庭園は、江戸時代、1799年の『都林泉名勝図会』にも記されている。虎渓の三笑(こけいさんしょう)を模したという庭園で知られていた。松の植栽があり、石橋が架かる。
 虎渓の三笑とは、中国・廬山の東林寺に住していた晋の慧遠法師が安居禁足の誓いをたて虎渓を渡らずにいた。ある日、陶潜(淵明)、陸修静の2人を送り、知らぬまに虎渓を渡り、禁を破った。そのことに気づき3人で大笑したという。
◆文化財 室町時代、15世紀中頃の紙本着色「福富草紙(ふくとみぞうし)」全2巻(重文)がある。収納箱に「土佐伊予守隆成筆 後崇光院宸筆」と書かれている。後崇光院(1372-1456)は室町時代の尊称天皇。
 二人の男の放屁にまつわる話を絵巻物にしている。貧しい秀武という老人は神に願をかけ、自在の放屁の芸を会得して長者になった。それを羨んだ隣家の福富は、貴人の前での放屁に失敗し、散々な体で叩き出される。
 滑稽な絵は各場面が連続して描かれ、詞書ではなく人物の傍らに台詞が書き込まれている。吹き出しのある現代漫画の原型ともみられている。
 江戸時代、1823年、空山に下賜された「開祖師禅号一会並百年忌斎会記録」、明代の「喝石巌図」。
◆障壁画 方丈表向3室に、山口雪渓筆の「山水人物図」15面、「花鳥図」16面、「群仙図」12面がある。


*非公開
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『妙心寺』『妙心寺 六百五十年の歩み』『昭和京都名所図会 4 洛西』


   関連・周辺妙心寺(右京区)     周辺     関連        
春浦院 〒616-8056 京都市右京区花園坤南町 17  075-463-1696
50音索引  Home   50音索引  Home  
 © 2006- Kyotofukoh,京都風光