大通院 〔相国寺〕 (京都市上京区)
Daitsu-in Temple
大通院 大通院 
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 相国寺境内の東に塔頭・大通院(だいつういん)がある。相国寺修行道場「専門道場」を兼ねている。
 臨済宗建仁寺派。本尊は釈迦如来。
◆歴史年表 室町時代、1416年、伏見殿(伏見区)で伏見宮始祖・栄仁親王が亡くなる。
 1422年、応永年間(1394-1428)とも、親王の7回忌に、その遺言により謚(おくりな)に因み「大通院」の名称で、当初は大光明寺(伏見指月)境内に創建される。開祖は夢窓国師を追請する。造営事始めに、栄仁親王皇子・貞成親王らが参列する。親王皇子・用健が開基として入る。造営は貞成親王、伏見宮家の勧進による。(寺伝、『看聞日記』)
 1431年、用健は病により退院する。以後、大光明寺の塔頭になる。(『看聞日記』)
 1432年、貞成親王は額を贈る。(『看聞日記』)
 安土・桃山時代、1600年代初め、元和年間(1615-1624)までとも、大光明寺が中興され相国寺山内に移された際に、当院も移された。(『坊目誌』『相国寺塔頭末寺派略記並歴代』)
  江戸時代、1773年、佛場(坐禅堂)が落成する。(寺伝)
 1851年、大拙承演は、現在の本堂、庫裡を建てる。(寺伝)
 近代、1868年、大智院を合併する。
◆夢窓疎石 鎌倉時代-南北朝時代の臨済宗僧・夢窓疎石(むそう そせき、1275-1351)。伊勢国に生まれた。父は佐々木朝綱、母は平政村(北条政村?)の娘。1283年、市川・天台宗の平塩山寺・空阿大徳に師事、後に剃髪。1292年、奈良・東大寺の慈観につき受戒。平塩山寺・明真没後、建仁寺・無隠円範に禅宗を学ぶ。1295年、鎌倉に下向、東勝寺・無及徳栓、建長寺・韋航道然、1296年、円覚寺・桃渓徳悟、建長寺・痴鈍空性に参じた。1297年、建仁寺・無隠円範、1299年、建長寺・一山一寧のもとで首座、1303年、鎌倉・万寿寺の高峰顕日に禅を学び、1305年、浄智寺で印可を受ける。浄居寺開山。1311年、甲斐国牧丘の龍山庵、浄居寺に一時隠棲する。美濃国・虎渓山永保寺(古谿庵)を開き、北山、土佐、鎌倉、三浦、上総と移り、1325年、第96代・南朝初代・後醍醐天皇の請により上洛、南禅寺住持。1326年北条高時に鎌倉・寿福寺の請を避け伊勢国・善応寺を開く。鎌倉・南芳庵に居し、1327年、瑞泉寺を開く。1329年、円覚寺に入り高時、北条貞顕の信を得る。1330年、甲斐・恵林寺を開き、1331年、瑞泉寺、1332年、恵林寺に移り、播磨・瑞光寺を開く。1333年、鎌倉幕府が滅亡、建武の新政を開始した後醍醐天皇に招かれ、1334年、南禅寺に再住、1336年、臨川寺・西芳寺開山に迎えられた。足利家の内紛の観応の擾乱で調停し、北朝方の公家や武士が帰依する。尊氏は後醍醐天皇らの菩提を弔うため、疎石の勧めで全国に安国寺を建立、利生塔を設置した。1339年、天龍寺開山。1342年、建設資金調達のため天龍寺船の派遣を献策した。1346年、雲居庵に退隠。1351年、天龍寺再住。最晩年は臨川寺・三会院(さんねいん)に移り亡くなった。 
 夢窓国師・正覚国師など、歴代天皇より7度国師号を賜与され七朝帝師と称された。北条高時、後醍醐天皇、足利尊氏らの帰依を受け外護を得た。夢窓派としては、無極志玄、春屋妙葩など門下は13000人にのぼる。多くの作庭も行う。能書家としても知られた。
◆栄仁親王 南北朝時代の皇族・栄仁親王(よしひと/なかひと しんのう、1351-14169)。北朝第3代・崇光天皇の第1皇子。母は権大納言庭田重資の娘・資子。伏見宮初代。1368年、親王宣下を受け、1375年、伏見殿で元服し二品に叙せられる。持明院統皇統の正嫡でありながら、観応の擾乱(1350-1352)により叶わなかった。1398年、崇光没後、北朝第6代・歴代100代・後小松天皇に所領を召し上げられ、伏見で落飾、通智(つうち)とした。洛北萩原殿、1399年、伏見御所に移る。1401年、伏見殿火事により嵯峨洪恩院、1403年、有栖川山荘(有栖川殿)に移り、有栖川殿と称する。1409年伏見に戻り伏見殿と称される。伏見で没した。追号を大通院と贈られた。
 琵琶、笙、和歌などに秀でた。
◆用健 室町時代の臨済宗の僧・用健(生没年不詳)。詳細不明。栄仁親王皇子という。1422年、大通院に開基として入る。1431年、大通院を退院する。
◆誠拙周樗 江戸時代の臨済宗の僧・誠拙周樗(せいせつ しゅうちょ、1745-1820)。伊予生まれ。宇和島・仏海寺の霊印不昧により出家。永田東輝庵の月船禅慧の法嗣、また、鎌倉・円覚寺仏日庵の東山周朝の法嗣とも。1783年、円覚寺前堂首座。1808年、相模・玉泉寺不顧庵に退隠。1819年、相国寺に移る。号は無用道人。諡号は大用(だいゆう)国師。歌を香川景樹に学ぶ。書画詩偈にも長じた。
◆大拙承演 江戸時代の臨済宗の僧・大拙承演(だいせつ じょうえん、1797-1855)。詳細不明。相国寺・心華院に住む。「鬼大拙」と呼ばれた。1851年、大通院本堂、庫裡を建てる。
◆建築 相国寺の修行道場「専門道場」は当院にあり、坐禅堂は四方単といわれる。雲水修行僧が日夜座禅を行っている。
◆文化財 紙本墨書「竺仙梵僊墨跡」(重文)。
◆修行体験 坐禅堂での坐禅は会員に限る。参禅、大接心参加はできる。(毎月第2・4日曜日、9:00-12:00)。


*非公開
*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都の禅寺散歩』『事典 日本の名僧』『京都大辞典』、当院サイト


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大通院 〒602-0898 京都市上京区相国寺門前町701,上立売通烏丸東入る  075-231-5509   0:00-10:00
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