一様院 (京都市北区) 
Ichiyo-in Temple
一様院 一様院 
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山門に至る石段



 東に比叡山を望む薬師山に、一様院(いちよういん)がある。
 黄檗宗、本尊は薬師如来。
◆歴史年表 平安時代、伝教大師・最澄(767-822)が開山したともいう。当初は伽藍厳重であったという。薬師山に草堂を結び、瑠璃光如来を安置したという。後に尼寺になる。(「都名所図会」)
 江戸時代、正徳年間(1711-1716)、隠巌禅尼を開山とし、黄檗宗の一様庵が結ばれる。公家・近衛基熙が禅尼に帰依し、殿舎、祭料10石を寄進する。(「京都府愛宕郡村志」)。近衛家ゆかりの女人が開祖となったという。以後、近衛家の香華所となる。
 その後、30余人の尼僧道場となり、塔頭10余寺を有する。
 近代、明治期(1867-1912)、塔頭5か寺となる。
 現代、1974年、12代庵主が亡くなり、男僧の住持が入山する。現在は塔頭2か寺となる。
◆隠巌禅尼 江戸時代の尼僧・隠巌禅尼(生没年不詳)。詳細不明。正徳年間(1711-1716)、一様院の開山。
◆近衛基煕 江戸時代前期の公家・近衛基煕(このえ もとひろ、1648-1722)。関白・左大臣・近衛尚嗣の長男、母は近衛家女房(瑤林院)。1653年、父没後、父の正室・後水尾皇女昭子内親王に男児なく、後水尾上皇(第108代)の命により家督を嗣ぐ。1654年、元服、正五位下に叙せられ、左近衛権少将。1655年、従三位・公卿、1656年、権中納言、1658年、権大納言、1664年、後水尾上皇皇女・常子内親王を正室とした。1665年内大臣、1671年、右大臣、1677年、左大臣。1680年、後水尾法皇没後、第112代・霊元天皇親政により親幕派として疎まれる。1686年、従一位。1690年、関白就任、以後、幕府との関係を築く、1709年、6代将軍・家宣就任により将軍家との関係も深まる。第114代・中御門天皇以後、院政をしき太政大臣に就任。東山上皇(第113代)意向の新宮家(後の閑院宮)創設に深く関与。1722年、出家し証岳と称した。大徳寺に葬られる。 
 後水尾天皇により和歌の影響を受け、書道、絵画に優れた。1683年、第111代・後西天皇より古今伝授を受けた。有職故実に詳しかった。『源氏物語』の注記書『一簣抄』、日記『基熈公記』を著す。
仏像 薬師堂に伝教大師作という薬師如来が安置されている。
◆建築
 御所より移築された薬師堂がある。客殿は近衛家の邸を移した。
◆庭園 比叡山を借景とした石庭がある。
◆修行体験 薬師山禅会(毎月第3日曜日9:00-夕方、8月休会)。


*非公開
*参考文献 『京都市の地名』『京の尼寺 こころの旅』


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薬師山よりの比叡山の遠望
一様院 〒603-8474 京都市北区大宮薬師山東町16  075-491-7571 
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