下鴨泉川邸 (京都市左京区)
residence of Shimogamo-izumikawatei
下鴨泉川邸 下鴨泉川邸
50音索引  Home 50音索引  Home

『古都』を書いた「下鴨泉川邸」


下鴨泉川邸


下鴨泉川邸


下鴨泉川邸
 下鴨神社境内の東、下鴨泉川町の住宅街に小説家・川端康成が『古都』を執筆した「泉川御殿(下鴨泉川亭)」が残されている。 
◆川端康成 近現代の作家・川端康成(かわばた やすなり、1899-1972)。大阪市生まれ。父は医師・栄吉、母ゲンの長男。1901年、父死去により、母の実家・黒田家(西成郡豊里村)に移った。1902年、母死去により祖父母に引きとられ、三島郡豊川村に移る。1906年、豊川尋常高等小学校に入学。祖母死す。1909年、姉死去。1912年、大阪府立茨木中学校入学。1913年、小説家を志望した。1914年、祖父死去し孤児となる。豊里村の母の実家に引きとられる。1915年、中学の寄宿舎に入る。1917年、第一高等学校文科乙類入学。1918年、初めて伊豆へ旅行、1920年、東京帝国大学文学部英文学科に入学。1923年、菊池寛の「文芸春秋」の編集同人に加えられる。1925年、松林秀子と会う。1930年、文化学院、日大の講師。1931年、秀子と入籍。1937年、初の単行本『雪国』を刊行。1941年、渡満、関東軍の招きで再度渡満。滞在。1944年、『故園』『夕日』により第6回菊池寛賞受賞。海軍報道班員として、鹿児島・鹿屋の基地に行く。1946年、雑誌「人間」を創刊。三島由紀夫の作品『煙草』を掲載する。1948年、ペンクラブ第4代会長就任。1952年、『千羽鶴』で芸術院賞受賞。1953年、芸術院会員となる。1954年、『山の音』を完結、野間文芸賞受賞。1957年、国際ペンクラブ執行委員会出席のため渡欧。第29回国際ペンクラブ大会を東京、京都で開く。1958年、国際ペンクラブ副会長就任。1961年、『古都』『美しさと哀しみと』執筆のために京都に家を借りる。文化勲章受賞。1962年、世界平和アピール七人委員会に参加。1965年、日本ペンクラブ会長を辞任。1968年、ノーベル文学賞受賞受賞。1969年、ハワイ大学で日本文学の特別講義を行なう。1972年、逗子で自死。
◆泉川御殿 小説家・川端康成が京都を舞台にした、美しい姉妹の物語『古都』(1961-1962)は、「泉川御殿」といわれた西陣帯会社所有のこの社宅で執筆された。「泉川邸」は近年、修造されている。


*非公開。
*参考文献 『文学散歩 作家が歩いた京の道』


    関連・周辺下鴨神社      周辺「石村亭(後の潺湲亭)」      関連高山寺(右京区梅ヶ畑)      関連神護寺      関連野宮神社          

下鴨泉川邸

下鴨泉川邸
 泉川亭  京都市左京区下鴨泉川町 
50音索引  Home   50音索引  Home  
    © 2006- Kyotofukoh,京都風光