大徳寺 (京都市山科区)
Daitoku-ji Temple
大徳寺   大徳寺 
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 山科の大徳寺(だいとくじ)は、かつて伏見区淀にあり、淀大黒として称されていた。  
 御室仁和寺派、本尊は不動明王。
 大黒天は、京都六大黒天霊場(京の大黒さんめぐり)の2番。除災与薬の信仰を集める。
◆歴史年表 平安時代、第62代・村上天皇(926-967)の勅許により、千観内供(せんかん ないぐ、918-984)の開基によるという。(寺伝)。千観が当寺で修行したともいう。かつて与杼神社(現在の伏見区淀垂水町)の神宮寺であり、水垂の「大荒木の森」という桂川右岸にあった。
 1902年、河川改修工事により与杼神社が現在地(伏見区淀本町)に遷る。大徳寺は水垂に残る。
 現代、1989年より、京都六大黒天霊場(京の大黒さんめぐり)が真言宗各派6寺により始まる。
 2007年頃、桂川河川工事に伴い、伏見区淀垂水町より現在地(山科区)に移転した。
◆千観 平安時代中期の天台宗の僧・千観(せんかん、918-984)。父は相模守敏貞(橘公頼の子)。園城寺に入り出家、受戒した。行誉(運昭とも)に師事し天台教学を学ぶ。後に空也の影響により浄土教となる。阿弥陀和讃を作る。962年、摂津国箕面山に隠遁した。963年、勅命により祈雨祈願したという。963年、村上天皇が天台宗10師、法相宗10師を宮中に招き、法華講を開いた応和宗論(おうわ の しゅうろん)論者として選ばれたが辞退した。摂津国・金龍寺(安満寺)を再興した。970年、行誉より三部大法を伝授される。
◆仏像 本堂の本尊は秘仏の「不動明王」になる。
 「大黒天」(15cm)は、三面大黒天であり、大黒天、毘沙門天、弁財天が合体している。室町時代後期-江戸時代初期の作という。秘仏であり、御前立がある。除災与薬の信仰を集める。
◆年間行事 本尊開帳(1月1日-3日)、不動尊大祭(5月28日)、開山忌(11月第2日曜日)。
 不動護摩供(毎月28日)。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*御朱印状について、現在は1番・宝寺、5番・平等寺で授かる。
*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*参考文献 『京の福神めぐり』『伏見の歴史と文化』


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map 大徳寺 〒607-8309 京都市山科区西野山岩ケ谷町12-10  
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