蓮如上人御指図の井 (京都市山科区)
Rennyo shonin osashizu-no-ido(water well)

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蓮如上人御指図の井


蓮如上人御指図の井


地蔵尊

 山科区音羽の音羽川小学校の北に、「蓮如上人御指図の井(れんにょ しょうにん おさしず の いど)」といわれる井戸が残されている。  
 かつて音羽の里には、行基(ぎょうき/ぎょうぎ)の伝承により、井戸水が出ないとされていた。後世、蓮如が杖によりこの地を指図し、聖水が湧いたという。水は今も涸れていない。 
◆歴史年表 飛鳥時代、音羽の里に行基(ぎょうき/ぎょうぎ、668-749)が諸国行脚の折に立ち寄ったという。
 室町時代、1489年、蓮如が南殿に隠居した際に、弟子・龍玄を従え、杖によりこの場所を指図した。この地を掘り下げると聖水が湧いたという。(実悟『捨塵記』)。以来、「蓮如上人御指図の井」と呼ばれた。
◆行基・蓮如伝承 飛鳥時代、音羽の里に行基(ぎょうき/ぎょうぎ、668-749)が諸国行脚の折に立ち寄った。里の女性に水を求めた。だが、女性は僧の身なりから見下し、水を差し上げなかった。以後、里では井戸水が涌かなくなったという。
 室町時代、蓮如(れんにょ、1415‐1499)が山科本願寺を建て、音羽には隠居所「南殿」が建てられた。井戸を掘らせても水が涌かない。行基の伝説を聞き知った蓮如は、弟子・龍玄を従えこの地を訪れた。畳を敷かせて座り、自らの杖で地を指図した。人々が杖の先を掘ると清水が涌き出たという。以後、音羽一帯の唯一の用水になる。以来、偏執の人も少なくなり、付近のすべての人々が真宗門徒になったという。(案内板、『捨塵記』)
 今も、どのような日照りに際しても井水が涸れたことはないという。
行基 奈良時代の僧・行基(ぎょうき/ぎょうぎ、668/667-749)。河内国の人。父は高志才智、母は蜂田古爾比売。681年/682年、出家、官大寺で法相宗などを学ぶ。691年、高宮寺で具足戒を受ける。畿内に道場、寺を建立、溜池、溝・堀、架橋、困窮者の布施屋建設などの社会事業を行う。704年、生家を家原寺と し住した。717年、民衆煽動と僧尼令に反した寺外活動の咎で詔により弾圧を受ける。731年、弾圧を解かれる。732年、河内国狭山下池の築造に関わる。734年、東大寺大仏建立の詔が発布、勧進の任を務めた。736年、インド出身の僧・菩提僊那一行来日に際し大宰府で迎えた。738年、朝廷より行基大徳の称号が授与される。740年以降、東大寺大仏建立に協力する。741年、聖武天皇と恭仁京郊外の泉橋院で会見した。743年、東大寺大仏造営の勧進をした。745年、朝廷より日本初の大僧正位を授けられた。菅原寺(喜光寺)で亡くなる。地図の行基図を作成したという。東大寺「四聖」の一人。
◆蓮如 室町時代の真宗の僧・蓮如(れんにょ、1415‐1499)。第7代・存如の長男として東山大谷に生まれた。母は祖母の侍女という。1420年、6歳で母が本願寺を去る。継母・如円の下で育つ。1431年、17歳で青蓮院で得度、中納言・広橋兼郷の猶子となる。比叡山、興福寺で修行したという。1442年、如了尼と結婚する。1449年、東国布教に出る。1457年、父の死により本願寺8世となる。1465年、比叡山衆徒により本願寺は破却された。近江に逃れる。(寛正の法難)。1468年、延暦寺は堅田を攻撃する。(堅田大責)。1468年(1469年とも)、大津近松に移り、祖像を遷す。1469年、東国に修行に出る。1471年、越前・吉崎に襲撃を避けて道場、吉崎御坊を開く。1473年、『正信偈・和讃』開版。1474年、文明の加賀一向一揆が起こる。1475年、一向一揆に敗走し、河内出口に向かう。1478年、山科に移る。1483年、本願寺を再興し、山科での布教を続けた。1488年、長亨の加賀一揆が起こる。1489年、山科本願寺南殿に隠居した。1496年、大坂石山に坊舎を建て妻子と隠棲した。1499年、山科本願寺に戻り亡くなる。
 蓮如は1461年以後、現世利益ではなく、救われて仏となること、師による恩ではなく教説による仏恩を説き、布教に御文(おふみ)(御文章<ごぶんしょう>)を用いた。「南無阿弥陀仏」などと書かれた掛け軸の御名号(おみょうごう)、門徒の組織である講、親鸞の教えの木版印刷などを通じた布教により教団の急拡大を行った。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 光照寺の案内板、「山科本願寺と蓮如コース参加者用資料」


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map  蓮如上人御指図の井 〒607-8072 京都市山科区音羽伊勢宿町33-2
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