法泉寺 (京都市西京区)
Hosen-ji Temple

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 大原野石見町に吉峰川が流れる。その南に法泉寺(ほうせんじ)がある。橘氏と所縁深く山号を橘樹山という。
 浄土宗。本尊は阿弥陀如来像。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 鎌倉時代、1121年、乙訓郡冨坂荘駅家里(西京区大原野上里南ノ町、現在の大原野中学付近)に橘則光の所領があった。その地に堂宇を建立し、仏像を数体安置したという。(「三鈷寺文書」)。4寺あり、そのうちの一つが法泉寺の前身という。現在地の北方200mの地点であり、小高い丘である橘樹山(きち山)の上に建てられていたという。
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)により焼失する。
 安土・桃山時代、1596年、石見の地に法泉寺が建立される。
 その後、荒廃した。
 江戸時代中期、8世・順良の遺言により再興された。
 現代、1974年、現在の本堂が再建される。
◆橘則光 平安時代中期の官人・橘則光(たちばな の のりみつ、965- ?)。父は橘敏政、母は右近尼(花山院乳母)。蔵人、修理亮、左衛門尉。能登守、土佐守、陸奥守などを歴任した。公卿・藤原斉信の家司。981年頃、結婚した最初の妻は清原元輔の娘・清少納言であり、982年、則長が生まれる。まもなく離婚し、後に光朝法師母(橘行平の娘)と再婚した。従四位上。『今昔物語集』、『宇治拾遺物語』に、盗賊を取り押さえた武勇伝がある。『枕草子』にも登場する。『金葉和歌集』入首。
◆順良 江戸時代中期の僧・順良(生没年不詳)。但蓮社方誉順良。法泉寺で出家した。順良の遺言により法泉寺は再興される。知恩院69世門主。
◆仏像 本尊は伝・恵心僧都(源信、942-1017)作の阿弥陀如来像、毘沙門天像などを安置する。
◆地蔵菩薩 地蔵菩薩立像は、化身地蔵菩薩立像と呼ばれている。阿弥陀仏は地蔵菩薩に姿を変えて、人々の苦しみを救うとして信仰されている。
 地蔵菩薩像は、かつて鎌倉時代作(12-14世紀)作といわれていた。2001年の美術院の調査により、平安時代前期(9-10世紀)作の阿弥陀如来像であることが分かった。頭部はヒノキで継ぎ足されており、本来の地蔵菩薩に見られない青い口髭も塗られていた。頭部の螺髪(らほつ)なく僧形に剃られていた。ただ、後頭部に螺髪の一部が残されていたという。
 このように仏像の頭部だけを替えた例は極めて珍しいという。平安時代後期、この地の地蔵信仰の流行により、頭部だけを作り替えて地蔵菩薩に化身させたとみられている。なお、江戸時代には彩色が施されている。像高61㎝。榧(かや)材、一木造。
◆年間行事 修正会(1月1日)、涅槃会(3月15日)、石見中老彼岸講・春季彼岸会(春の彼岸)、盆の墓参り(8月7日)、盆の棚経(8月13日-15日)、盆の施餓鬼会(8月21日)、地蔵盆会(8月23日)、薬師仏御縁日(9月12日)、秋季彼岸会(秋の彼岸)、十夜法要(10月30日)、逆修講(11月4日)。


*年間行事(拝観)などは、中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『法泉寺縁起』


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本堂

本堂

【参照】近くを流れる吉峰川
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map  法泉寺 〒610-1128 京都市西京区大原野石見町311   075-331-0091
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