竜王大明神・おつうの森 (京都市左京区大原)
Ryuo-daimyojin Shrine
竜王大明神・おつうの森 竜王大明神・おつうの森 
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おつうの森、竜王大明神の石碑



 大原の草生(くさお)町、寂光院へ向かう分かれ道に、ちいさな森がある。森の中には、竜王大明神(りゅうおうだいみょうじん)と刻まれた石碑が立てられている。
 森はかつて「北の森」と呼ばれ、後に「おつうの森」「おつうが森(乙が森」「お通の森」とも呼ばれた。 
 龍神が祀られている。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
◆おつうの森 「おつうの森」について伝承が残されている。物語はいつくかの変化があり、大筋は次のようになる。
 いつの頃か、大原の上野村に「おつう(於通)」という美しい娘がいた。おつうは、大長瀬で女中として働く。やがて、敦賀街道を往来する若狭の大名に見初められ、その愛妾になる。後に、殿に疎まれ、あるいは病を患い里に返される。
 ある時、殿の行列が村を通りがかった。正気を失ったおつうは、行列に近づき、家来に3つに斬られた。尾は高野川に捨てられたともいう。また、おつうは、行列に追いつけず、悲観して高野川に身を投げた。おつうは、蛇身と化し花尻橋の淵に棲みついた。再び、殿の行列が通りかかった際に、おつうは、家来により斬られたともいう。その夜、村に大蛇が現れたため、村人は江文神社に集まり、大蛇の通夜を行う。その後、大蛇は現れなかったという。後に、村人は大蛇の頭・胴を北の森(おつうの森)に、尾を花尻の森(江文神社御旅所)に葬った。
 別の物語もある。京の女が若狭に嫁いだ。夫を恨んで逃げ、この地で投身した。やがて、大蛇になり大渕に棲みつく。大蛇は昼夜に村人を襲ったため、村の男女は恐れて一か所に集まった。(「大原の雑魚寝」)。比叡山の僧が法力によりこの大蛇を退治した。後に、正月には来迎院、勝林院で大蛇退治にまつわる祭礼が行われていた。大蛇に見立てた白布を天井から吊るし、太鼓や鐘の音に合わせて男女が踊った。最後に白布を切って人々に分けたという。(『山州名跡志』中「大原野女郎淵」)
◆大原の蛇祭り 大原の蛇祭りは、大原の野村、上野で行われる。江戸時代後期に始まったともいう。ご神体(おつうの頭、胴)は黒箱に納められている。当屋の主は一年交代で担い、精進潔斎し黒箱を神棚に祀る。
 おつう祭りは3月10日(現在は3月10日に最も近い日曜日)におつうの森で行われる。蛇を表す勧請縄が張られ、供え物がされる。当日の「おうつり」は夜「一の暗がり(午後7時頃)」に次の当屋に黒箱を送る。
◆小野かすみ 春から夏にかけての夜半、「小野かすみ」が発生する。南の花尻あたりに発生した霞は、北上し始め、小塩山の中腹を伝う。小野山から再び南下し、明け方に花尻で消えるという。
 また、金毘羅山、翠黛山の谷から、北と南の二手に分かれて流れ、戸寺町あたりで一つになり消えるともいう。
 小野小町の霊が、霞になっているとの言い伝えもある。かつて、里を悩ました大蛇(おつう)を退治した際に、二つに斬られ、別々に埋められた首と尾が、霧になり一つにつながるともいう。
◆年間行事 おつうの祭(現在は3月10日に最も近い日曜日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*参考文献 『京都洛北物語』『京都の地名 検証2』『京都発見三 洛北の夢』


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map  竜王大明神・おつうの森 〒601-1248 京都市左京区大原草生町
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