曙寺 (閑臥庵) (京都市北区)
Akebono-dera Temple,Kanga-an Temple
曙寺 (閑臥庵) 曙寺 (閑臥庵)
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「方除開運 鎮宅霊符神本廟」の石碑


 鴨川の西、鞍馬口通にある閑臥庵(かんがあん)は、曙寺(あけぼのでら)とも呼ばれる。後水尾院が植えたという桜、曙桜に因む。御所の真北に位置している。山号は瑞芝山(ずいしざん)という。 
 黄檗宗。本尊は釈迦如来。
◆歴史年表 かつてこの地には、梶井常修院の宮の院邸があったという。
 江戸時代、正保年間(1644-1648)、後水尾上皇(第108代)は、鎮宅霊符神(ちんたく れいふじん)を、貴船・奥の院より勧請したという。 また、上皇の聖旨を継いだ第112代・霊元天皇によるともいう。当初は大宮御所の北にあった。黄檗山万福寺管長・千呆(せんがい)が開山となる。当庵が御所の真北に当たるため、祈願所として王城鎮護の祈祷道場とする。以来、皇室の開運祈願所になる。上皇は「閑臥庵」と命名し、宸筆の額を寄せた。
◆千呆 江戸時代前期の渡来僧・千呆(せんがい、?-1705)。千呆性侒(せんがい しょうあん)。福建省に生まれた。雪峰崇聖寺・明の即非(1616-1671)について出家、1657年、即非と共に来日した。長崎・崇福寺2代、黄檗山万福寺6代住持となる。隠元の法孫。
◆鎮宅符神の尊像 平安時代の陰陽師・安倍晴明(921-1005)は、第64代・円融天皇の命により、鎮宅霊符神の尊像(神像)を造らせ、貴船神社奥の院に御所の守護神として祀らせたという。
 江戸時代、正保年間(1644-1648)、後水尾上皇(第108代)は、夢告により鎮宅霊符神(ちんたくれいふじん)を、貴船・奥の院より大宮御所の北の当庵に勧請した。
 鎮宅霊符神の鎮宅とは、家宅の災禍を祓い鎮めるの意になる。霊符とは、「神の符と呪い」としての道教真法の呪術をいう。鎮宅霊符神は、中世から近世にかけて信仰を集めた謎の神といわれる。鎮宅霊符七十二道に、仏教、神道、陰陽道などが習合した独自の信仰であり、後に衰退した。
◆神像 本堂前の祠堂に、平安時代の陰陽師・安倍晴明の開眼という「衆星守護をつかさどる神」である「鎮宅霊符神像」が祀られている。金銅の神像になる。第64代・円融天皇の命により、当初は貴船神社奥の院に祀られた。御所の守護神とされ、その後、当寺に遷された。
 神前の香炉に籠の目の呪符、獅子・狛犬の台座には日月星辰がある。
◆文化財 後水尾上皇(第108代、1596-1680)自筆の文書・宸翰(しんかん)がある。
◆桜 後水尾上皇は、境内の庭前に桜を植え、「霞みゆく 松は夜ふかき 山端(やまばた)の あけぼのいそぐ 花の色かな」と詠んだ。以後、桜は「あけぼの桜」と呼ばれる。寺号も「曙寺」とされたという。
 桜は1925年に枯死している。その後、植え替えられた。
◆普茶料理 黄檗宗精進の普茶(ふちゃ)料理、普茶弁当が供される。年中無休。


*非公開
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都歴史案内』『京都府の歴史散歩 上』『京都大事典』『こころ美しく京のお寺で修行体験』


           
上善寺       出雲路橋       萬福寺(宇治市)       貴船神社          

狛犬

五芒星、狛犬の台座にある。
 閑臥庵 〒603-8146 京都市北区新御霊口町278,鞍馬口通寺町西入る  075-256-2480
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