興正寺 (京都市下京区) 
Kosho-ji Temple
興正寺 興正寺
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三門








御影堂


御影堂




紅白のウメ


阿弥陀堂
 興正寺(こうしょうじ)は、西本願寺の南に隣接している。山号は円頓山(えんとんざん)という。 
 真宗興正派の本山。本尊は阿弥陀如来。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 鎌倉時代、1212年?、越後流罪から帰京した開祖・親鸞(1173-1263)の草庵が結ばれた京都・山科に創建されたともいう。(寺伝)。異説もある。
 第84代・順徳天皇(在位1210-1221)により、厩戸王(うまやどのおう、聖徳太子)にまつわる「興隆正法」の勅願により、当初は寺号を興隆正法寺、後に興正寺とした。「正しい法を興し栄えさす」の意がある。
 1324年、7代・了源(1295-1335)は山科に寺を建立したともいう。覚如(1271-1351)は寺名を興正寺と命名した。
 1328年頃、了源により、京都・今比叡汁谷(しぶたに、渋谷、現京都国立博物館付近)に移転した。「阿弥陀佛光寺」の寺号を第96代・後醍醐天皇より贈られ、略して佛光寺の寺名とした。佛光寺はその後、東山の地に移る。
 室町時代、1469年、佛光寺は妙法院と関係深く、経豪が本願寺の蓮如に近づいたため、経豪は比叡山延暦寺により追放される。(「反古裏書」)
 1481年、1482年、文明年間(1469-1486)とも、佛光寺の蓮教(経豪)は仏光寺を脱して、本願寺の蓮如(1415-1499)とともに、山科西野の地に興正寺(佛光寺旧称、興隆正法寺)を興す。(「反古裏書」)
 1532年、六角氏と法華宗徒による焼き討ちにより、山科本願寺とともに焼失した。
 1567年、本願寺11代・顕如(1543-1592)が入寺している。顕如次男・顕尊ともいう。
 安土・桃山時代、1568年、本願寺が門跡寺院となり、興正寺も本願寺末寺別格として、脇門跡寺院になる。本願寺に次ぐ位置を占めた。
 1585年、大坂天満に移転した天満本願寺とともに移転し、真宗興正寺として再興された。
 1591年、豊臣秀吉により、本願寺とともに京都の現在地に再び戻り、再興された。(『大谷本願寺通記』)
 1602年、本願寺の東西分裂後は、西本願寺に属した。
 江戸時代、承王年間(1652-1655)、西本願寺との本末論争を繰り返す。
 1653年、江戸幕府の裁決により、准秀ら興正寺関係者は流罪になる。
 1811年、西本願寺末寺とする裁許が下る。
 1864年、禁門の変の際に、長州の僧侶による金剛隊6人が逃げ込む。本寂は庇い、醍醐・三宝院に逃がす。新撰組が西本願寺屯所より不動堂村屯所に移る際に、200両を提供した。
 1867年、12月7日、海援隊・陸奥陽之助らは紀州藩家老・水野大炊頭を興正寺に襲う。新撰組・土方歳三、原田左之助らがこれを防いだ。(天満屋騒動)
 幕末、尊王派の立場にあった。
 近代、1876年、真宗興正派本山として西本願寺より独立した。真宗興正派の本山になる。
 1902年、全焼失した。
 1912年、現在の伽藍が再興される。
◆了源 鎌倉時代の僧・了源(りょうげん、1295-1336)。興正寺4世了海の3男、7世を嗣ぐ。後醍醐天皇より仏光寺の名をさずかり改称した。布教中に伊賀山中で殺された。また、武家の家人の中間。覚如にまなび興正寺を建立した。焼失後、再興し存覚から仏光寺の名をあたえられた。仏光寺教団の基礎を築いた。
◆経豪 室町時代の浄土真宗の僧・経豪(きょうごう、1451-1492)。京都に生まれた。仏光寺12世性善長男。1469年、13世を嗣ぐ。1481年、末寺を率い仏光寺より本願寺派の蓮如に帰依する。蓮教と改名、山科に仏光寺の旧称を号した興正寺を建てる。
◆建築 大師堂、阿弥陀堂、大門、書院などは、近代、1912年に建てられた。
◆新撰組 紀州藩主・徳川茂承の宿所になっていた。1867年4月23日、海援隊の船「いろは丸」と紀州藩の軍艦「明光丸」が備中国笠岡諸島で衝突する。その後、いろは丸は備後国鞆の浦沖で沈没した。この時、いろは丸には坂本龍馬も乗船していた。その後、日本初の海難事件になり、結局、紀州藩が賠償する。(いろは丸事件)。
 11月15日、坂本と中岡慎太郎が京都・近江屋井口新助邸で暗殺された。(近江屋事件)。12月7日、海援隊・陸奥陽之助らは天満屋の紀州藩・三浦休太郎、興正寺に居た紀州藩家老・水野大炊頭を襲う。新撰組・土方歳三、原田左之助らがこれを防いだ。陸奥らの襲撃は龍馬暗殺に紀州藩が関与していると見て、その報復だったという。(天満屋騒動)。
◆樹木 イチョウ、クスノキ、インドボダイジュ、オリーブがある。
◆年間行事 修正会(1月1日)、円光大師御祥月(1月25日)、聖徳太子(厩戸王)会(2月22日)、春季彼岸会(7日間)、春の法要(4月1日-7日間)、盂蘭盆会(7月4日-15日)、秋季彼岸会(7日間)、報恩講(11月21日-7日間)。


*年間行事(拝観)などは、中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都古社寺辞典』『京都の寺社505を歩く 上』『京都府の歴史散歩 上』『京都大事典』『京都 歴史案内』『新選組と幕末の京都』『京都 神社と寺院の森』


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経蔵

鐘楼
 興正寺 〒600-8261 京都市下京区花園町70,七条堀川上る西側   075-371-0075
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