吉水弁財天堂 (円山弁天堂) (京都市東山区) 
Yoshimizu-benzaiten-do Temple
吉水弁財天堂 (円山弁天堂) 吉水弁財天堂 (円山弁天堂) 
 Home  Home











 円山公園の東、東山の中腹に吉水弁財天堂(よしみず べんざいてんどう)がある。「吉水大辨財天女」、「弁天社」、「円山の弁天さん」とも呼ばれている。境内は、北に隣接する安養寺の飛地境内、境外仏堂になっている。 
 吉水とは、この地に古くより「良い水」の霊泉が湧いていたことに由来するという。
 弁財天と裏堂に宇賀神将尊を祀る。宇賀神将尊は、宝珠を頂いた巨大な白蛇に変じたという。祇園花街の技芸上達の参拝があり、学術向上などの信仰がある。ほかに、商売繁盛、子孫繁栄、愛敬増幅、除災招福など。
◆歴史年表 平安時代後期-鎌倉時代、建久年間(1190-1199)、青蓮寺の慈鎮(慈円)が安養寺を建立した。その際に、この地吉水の畔に、寺の鎮守として慈鎮が別当を務めた比叡山無動寺より弁財天を勧請したという。
 室町時代、源照(げんしょう)という盲目の琵琶法師が芸技上達を祈願した。その後、北朝第6代、歴代第100代・後小松天皇(1377-1433)の御寵を受け、盲人初の紫衣(しえ)を贈られたという。その御礼に堂を建立し、以後、紫衣弁財天と呼ばれたという。
 近代、1868年、神仏分離令後の廃仏毀釈、上知、円山公園の整備に伴い、安養寺境内が東へ移され、弁天堂は飛地境内になって残された。
◆慈円 平安時代後期-鎌倉時代の天台宗の僧で歌人の慈円(1155-1225)。吉水僧正、諡号は慈鎮。公卿・藤原忠通の子、九条兼実の弟に当たる。11歳で覚快法親王に師事、明雲、全玄に学ぶ。13歳で白河坊で得度し道快と号した。1192年、天台座主になり、4度座主に就く。無動寺検校、四天王寺別当などを歴任した。9歳の親鸞の得度に際して、剃髪の師になった。歴史書『愚管抄』を著し、「新古今和歌集」に92首載る。近江東坂本の小島坊で亡くなる。墓は善峰寺にある。
仏像 慈鎮が比叡山より勧請したという秘仏がある。60年毎の巳年に開扉される。妄りに開扉すると失明するといわれている。
◆技芸上達 技芸上達の信仰がある。室町時代、かつて源照という琵琶法師があり、弁天堂に技芸上達の祈願をした。その後、北朝第6代、歴代第100代・後小松天皇の恩寵により、盲人初の紫衣を贈られた。
◆閼伽水 法然(1133-1212)も使ったといわれる閼伽水の井戸がある。かつて、弁天堂北に小池があり、いまはその上に堂舎が建っている「吉水(よしみず)ノ井」「吉水(きっすい)」とも呼ぶ。名水の一つに数えられ、地名の由来にもなる。慈円は、閼伽の水として常に用いていたという。青蓮院の灌頂法会では、一代初の行法には法親王自らが汲んだという。
 鎌倉時代中期の刀匠・粟田口藤四郎吉光(10世紀の刀匠・三条小鍛冶宗近とも?)は、当山の石を鑪盤(ろばん、たたらばん)として用いたという。名刀を打つ際に、弁財天が相槌を打ち、吉水も使ったという。社壇下には、その時の鉄砧(かなとこ)石があるという。(『花洛名勝図会』)
 近代以前は、知恩院、東大谷の正月仏前の初水にも汲まれていた。
◆多宝塔 境内東北隅に、鎌倉時代の「慈鎮(慈円)和尚多宝塔(慈鎮<慈円>僧正塔)」(重文)がある。基石は自然石、塔身は壺型、笠上部に隅棟(降棟)が付き、軒は裏反りを示す。六輪の相輪がある。開扉に蓮華座、多宝・釈迦二仏が彫られている。塔身回り250cm、高さ244cm、花崗岩製。
 慈円は、この地で隠棲していたという。その際に請雨し、その奇瑞(不思議で目出度い吉兆)の記念として立てられた供養塔といい、「法華経」中の見宝塔品を想定して造られたという。釈迦が法華経を説法中に多宝塔が現れ、中の多宝如来が半座を空け釈迦に座を譲ったという。
 また、多宝塔は安養寺に葬られたという親鸞の娘の供養塔ともいう。
◆年間行事 春季祭典(4月15日)、秋季祭典(11月15日)。  


*年間行事(拝観)などは、中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京の石像美術めぐり』『京都・山城寺院神社大事典』『昭和京都名所図会 1 洛東 上』『稲荷信仰と宗教民俗』『京都のご利益めぐり』


  関連・周辺安養寺       関連・周辺法垂窟      周辺      関連善峯寺      

裏堂(東側)、宇賀神将尊を祀る。

「吉水 円光大師伝法之地、慈鎮和尚閼伽之水之地」の碑柱。


慈鎮和尚多宝塔(重文)、慈鎮(慈円)の供養塔とみられている。鎌倉時代中期。基礎はなく、自然石に膨らんだつぼ型の塔身、開扉に蓮華座、多宝・釈迦二仏が彫られている。笠石は厚く、相輪がのる。花崗岩製、2.44m。
 宝塔とは多宝如来の塔であり、「法華経」見宝塔品第十一に出てくる。釈迦が霊鷲山で法華経を説法していると、地中より多宝塔が現れ、釈迦の説く法華経の教えを讃嘆、それが正しいことを証明し半座を空け、釈迦に座を譲ったとされる。「多宝塔」の名称はこの法華経の所説に由来する。


閼伽井水の吉水、吉水(きっすい)ノ井ともいう。今も水は湧いている。

境内南にある滝口。
map 吉水弁財天堂 〒605-0071 京都市東山区円山町   075-541-0218

より大きな地図で 吉水弁財天堂(吉水大弁財天女) を表示
  Home     Home  
  © 2006- Kyotofukoh,京都風光