首途八幡宮 (京都市上京区) 
Kadode-hachimangu Shrine
首途八幡宮  首途八幡宮
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 首途八幡宮(かどで はちまんぐう)は、大内裏の北東に位置し、王城鎮護の神とされる。かつて、内野(うちの)八幡宮ともいわれた。社殿は盛土の上に建てられている。 
 祭神は、誉田別尊(ほんだわけのみこと、応神天皇)、比咩大神(ひめのおおかみ)、息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)を祀る。また、桃園親王ともいう。(「雍州府志」) 
 厄除、旅立、旅行安全、海外旅行安全、当地が金売吉次の屋敷跡とされることから金運開運、開運招福、夜泣き、癇虫封じなどの信仰を集める。 
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 平安時代初期、この地は、桃園親王(貞純親王、?-916?)の旧跡だった。敷地は広く、池、築山があり、桃の木が多く植えられていた。
 平安時代末、金を扱う商人とされる金売吉次(かねうり きちじ)の屋敷があったという。邸内には大きな井水があり、清冷な水が湧いていたという。(「雍州府志」、1684)
 1149年、宇佐八幡宮の神霊を勧請し、八幡宮を勧請したのが社の始まりという。
 1174年、源義経が金売吉次に伴われ、奥州平泉・藤原秀衡を訪ねるに際し、鞍馬山から当社に立ち寄り、道中の安全と武勇上達を祈願して出立したという。
 また、寿永年間(1182-1185)、1183年とも、源義経が、兄・範頼とともに源頼朝の代官として、平家追討の首途にあたり、宇佐八幡宮を勧請したことに始まるともいう。
◆貞純親王 平安時代の皇族・貞純親王(さだずみ しんのう、?-916?)。桃園親王。第56代・清和天皇と中務大輔棟貞王の娘の子。四品。873年、親王宣下を受け、中務卿、兵部卿、常陸太守などを歴任。人々の夢に一条大宮の桃園池に住む竜として現れ、桃園親王と呼ばれたという。25歳の時、諸国に1万3000体の仏像を安置したという。源能有の娘との間に生まれた経基王は、清和源氏の祖とされる。
◆金売吉次 平安時代末の伝説的な商人・金売吉次(かねうり きちじ、生没年不詳)。詳細不明。金売橘次、吉次信高、金売人五条の橘次末春ともいわれる。奥州の金商人ともいう。炭焼き長者ともいう。鞍馬参詣の際に牛若丸(源義経)に請われ、牛若丸を奥州平泉・藤原秀衡のもとへ送ったとされる。
◆首途 首途(かどで)とは、「出発」の意味になる。以来、首途八幡宮と呼ばれたという。
◆樹木 オガタマノキがある。
◆年間行事 義経首途祭(3月2-3日)、例祭(9月15日)。

*年間行事は中止、日時変更の場合があります
*参考文献 『京都歴史案内』『京都史跡事典』『京都大事典』『京都ご利益徹底ガイド』『京都のご利益手帖』『京都 神社と寺院の森』
 

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源義経奥州首途之地の碑

八幡宮

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手水舎
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弁財天

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 首途八幡宮 〒602-8445 京都市上京区桜井町102-1,智恵光院今出川上る   075-431-0977
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