八坂神社大政所御旅所 (京都市下京区)
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 八坂神社の大政所御旅所(おおまんどころ おたびしょ)の地には、かつて祇園祭の御旅所が置かれていた。牛頭天王が祀られ、神輿の渡御も行われていた。 
◆歴史年表 平安時代、974年、第64代・円融天皇の頃(在位969-984)とも、東洞院高辻に住む秦助正(はた の すけまさ)の夢枕に、神人が現れ宣託があった。翌朝、庭の塚から祇園社本殿まで蜘蛛の糸が続いていた。祇園社の神官がこれを見つけ糸を辿ると、助正宅裏の狐塚に至ったという。円融天皇も同じ夢を見たという。以後、助正の自宅が祇園社の御旅所になり、助正は神官に命じられた。(「祇園社記」「大政所神主家由緒書」)
 安土・桃山時代、1536年、焼失している。
 1591年、豊臣秀吉の都市改造に伴い、御旅所は現在の四条京極に移転させられる。その後、現在地に小祠が建てられた。
 近代、狐塚(蜘蛛塚)が取り壊される。
◆勅板 祇園祭では、神輿の前に神宝である「勅板(ちょくばん)」という細い板が捧げられる。錦の袋に入れられ、狩衣姿の氏子が持つ。この勅板と当御旅所には関わりがある。
 勅板は、江戸時代中期のものとされる。上部に「感神院政所」、下に東洞院高辻の秦助正にまつわる当御旅所の由緒(上記)、裏に平安時代、「天延二年(974年)」と書かれている。由緒書は室町時代の「大政所神主家由緒書」を下敷きにしている。秦家は、神主職を継承し、13代以降に断絶した。その後、御旅所の下級神職・宮仕が自らの正統性証明のために勅板を作ったという。
 勅板は1881年に八坂神社に奉納された。縦183.4㎝、幅20.7㎝、厚さ1㎝。
◆年間行事 祇園祭(長刀鉾稚児が大政所御旅所の参拝を行う。宗近作真刀の一般拝観が行われている。)(7月16日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 案内板、『京都まちかど遺産めぐり』


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 八坂神社大政所御旅所 京都市下京区東大政所町,烏丸通仏光寺下る

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