慶長天主堂跡の碑 (京都市上京区)
ruins of Keichotenshudo
慶長天主堂跡の碑 慶長天主堂跡の碑
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上京区油小路通元誓願寺辺、「慶長天主堂跡」の石標



付近の家並、上京区油小路通元誓願寺下ル
 上京区の元誓願寺通と油小路通の交差する南西の一角に「此付近慶長天主堂跡(このふきん けいちょうてんしゅどう あと)」の石標が立てられている。慶長天主堂、上京教会とも呼ばれた。 
 江戸時代初期の古地図にこの付近は「ダイウス町」と記されており、キリシタンが集団で居住する町が形成されていたとみられている。
◆歴史年表 安土・桃山時代-江戸時代、1600年、1604年頃とも、徳川政権下でキリシタンの布教が再び許され、この付近に復興されたイエズス会の天主堂教会(聖堂)が建てられた。下京教会の分教所だったという。この慶長天主堂(上京教会)は、南蛮寺よりはるかに美しい建物であり、初代の司祭にはエマヌエル・バルトが就いた。宣教師が常駐し荘厳なミサが行なわれていた。毎年、100人を超える受洗者が出て、付近には学校も設けられていたという。
 江戸時代、1612年、徳川幕府はキリシタン禁令により大弾圧を始める。聖堂は閉鎖された、焼き払われた、破壊されたともいう。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 説明板、『京都大事典』『京のキリシタン史跡を巡る 風は都から』


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上京区油小路通元誓願寺下ル

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慶長天主堂跡の碑 〒602-0952 京都市上京区頭町,油小路通元誓願寺下る   
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