双ヶ岡・双ヶ岡古墳群 (京都市右京区) 
Narabigaoka Hill
双ヶ岡・双ヶ岡古墳群 双ヶ岡・双ヶ岡古墳群
50音索引  Home 50音索引  Home

右が一の丘、二の丘


一の丘からの北の眺望、御室仁和寺境内が見わたせる。


名勝「雙ヶ岡」の石標


一の丘の頂上


一の丘の南西斜面にある横穴式石室、現在は、崩壊の危険があるため、開口部(羨道)は埋め戻されている。


一号墳横穴式石室羨道部の碑


二の丘南にある露頭した巨大な磐
 仁和寺の南に位置する双ヶ岡(ならびがおか)(国指定名勝)は、双岡、雙ヶ岡、雙岡(ならびのおか)などとも記された。地名は、3つの丘陵地が連なる地形に由来する。(『雍州府志』)。近年では「葛野(かどの)三山(ほかに、吉田山、船岡山)」の一つといわれている。
 丘は、北から一の丘(119/116m)、二の丘(102m)、三の丘(78m)よりなる。渡来系の秦氏により築かれたともいう。23基の円墳、双ヶ岡古墳群がある。総面積は188.188㎡、36種の樹木、野鳥も20数種確認されている。 
◆歴史年表 古墳時代後期(6世紀後半-7世紀初頭)、一号墳が築造された。
 平安時代、830年、第53代・淳和天皇が完成後まもなくの大納言・清原夏野の双ヶ岡宅を訪れる。(『類聚国史』)
 847年、第54代・仁明天皇が左大臣・源常の山荘に行幸した。(「続日本後記」)
 江戸時代まで、三の丘東麓に大池があったという。(『続日本後記』)
 1868年、鳥羽・伏見の戦い後、双ヶ岡の南端に射撃訓練場が設けられた。
 近代、1941年、国の名勝に指定される。
 現代、1980年、発掘調査、保存整備事業により石室の埋め戻しが行われた。
◆清原夏野 平安時代初期の貴族・政治家・清原夏野(きよはら の なつの、782-837)。奈良時代の貴族で『日本書紀』の編集も総裁した舎人(とねり)親王の孫・小倉王の第5王子として生まれた。832年、私財を投じ、播磨国の魚住泊を建設し、のちに公金による助成となった。833年、第53代・淳和天皇の勅により菅原清公らとともに、日本法制史上の足跡となった『令義解』を編纂した
 双岡に山荘を営んだことから双岡大臣、繁野王、比大臣、北岡大臣、野路大臣などと呼ばれた。一の丘南には、「右大臣・清原真人夏野公墓」の碑が立つ。
◆古墳 双岡丘全体に19基の円墳(直径10-20m)がある。
 一の丘の南西に開口した最大規模の一号墳は、巨石による両袖式の横穴式石室を持つ二段築城大型円墳になる。古墳時代後期(6世紀後半-7世紀初頭)の豪族首長級の墓とみられている。かつては、清原夏野の墓といわれていた。
 1980年の調査によると、墳丘直径44m、高さ8mある。羨道の高さ8.5m、幅2.4m、高さ2.3m。玄室の長さ6.1m、幅3.6m、高さ5.0mになる。遺物は、須恵器、土師器、金環、鉄製品、凝灰岩の石棺破片(竜山石製組合式)などが出土した。 
 一の丘と二の丘の鞍部(5基)にも、6世紀後半-7世紀初頭の群集墳がある。群集墳とは、小規模な古墳が一定地域に群集して造られたものをいう。これらの古墳は、5世紀末-6世紀初頭に始まり、6世紀後半に最盛期を迎え、7世紀前半に衰退した。被葬者は、一部支配階級ではなく、より広範な階層の人々と見られている。
 さらに南の三の丘にも、群集墳(13基)がある。
◆双池 双ヶ丘の南端三ノ丘の北東、五位山との間付近に、双池(ならびのいけ)といわれる池があった。推定では、標高44m、南北80-90m、東西40-50mほどの大きさだったという。(『広隆寺資材交替実録帳』)。
 現在、法金剛院境内に残る池泉の前身になる。平安時代初期、遊猟地であり、天皇の行幸が度々あり、歌枕の地になる。江戸時代までに水が涸れ、田に変わった。
◆平安京 平安京の縦(南北)の線のうち、北の基点になったのは船岡山といわれている。山の南の正中線が朱雀大路(千本通)にあてられた。
 さらに、横(東西)の線は、東が神楽岡(吉田山)、西が双ヶ岡だったともいう。この3つの山、岡を総称して近年、「葛野三山(かどのさんざん)」という。
◆射撃場 1868年、鳥羽・伏見の戦い後、双ヶ岡の南端に射撃訓練場が設けられた。工事には仁和寺の僧侶、花園村の農民が加わった。
 その後、仁和寺宮嘉彰親王は鎮撫隊を率いて北越へ出陣した。
◆文学 双ヶ岡は歌枕になっている。菅原孝標の女は、『更級日記』に「南はならびの岡の松風」と記している。吉田兼好は、『兼好法師集』に「契りおく花とならびの岡のへにあはれ幾世の春をすぐさむ」と詠った。
◆花 丘を巡る「つれづれの道」(600m)があり、四季折々の花と野鳥観察を楽しむことができる。桜、躑躅、楓、椎、椿、松、檜などが見られる。
◆自然 双ヶ岡は、1997年の「京都の自然200選 歴史的自然環境部門」に「雙ヶ岡」として選定された。森には36種の樹木、野鳥も20数種確認されている。鹿も生息するという。 


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 説明板、『洛西探訪』『あなたの知らない京都府の歴史』『京都の地名検証』『京都の地名検証 2』『古代地名を歩くⅡ』『京都府の歴史散歩 上』



  関連・周辺法金剛院      周辺仁和寺     周辺長泉寺     関連船岡山     関連吉田神社・神楽岡・吉田山    

一の丘と二の丘の鞍部にある群集墳

三の丘頂上

一の丘南に立つ、右大臣清原真人夏野公墓の碑
平安京オーバレイマップ
 双ヶ岡 京都市右京区御室双岡町
50音索引  Home   50音索引  Home  
   © 2006- Kyotofukoh,京都風光