竹林寺 (京都市上京区) 
Chikurin-ji Temple
竹林寺 竹林寺 
50音索引  Home 50音索引  Home



門前脇に立つ「元治甲子 勤皇志士 贈正四位 平野国臣三十余士之墓」の碑




寺の塀には、斬首された37人の志士の名が掲げられている。


「六角獄舎殉難志士之墓」
 朱塗りの山門の竹林寺は、五台山法泉院竹林寺(ちくりんじ)といい、「 赤門の竹林寺」「あかちく」とも呼ばれている。 
 浄土宗西山禅林寺派永観堂の末寺。本尊は、阿弥陀如来。
 乾第十五番札所。
◆歴史年表 鎌倉時代、1304年、第91代・後宇多天皇の勅願により、顕意道教が開創したという。
 近代、1877年、西ノ京刑場(西大路太子道付近)跡から多数の白骨が見つかる。姓名を朱書した瓦片も発見された。これらは、六角獄舎に投獄されていた平野国臣ほか37人の未決囚の遺骨であることが判明する。当寺に移葬され供養された。
 1910年、境内に墓碑「六角獄舎殉難志士之墓」が立てられる。
◆顕意 鎌倉時代の僧・顕意( けんい、1239-1304)。薩摩に生まれる。浄土宗・聖達(しょうたつ)、西山派深草流の祖・立信(りゅうしん)に師事、嵯峨・竹林寺、深草・真宗院に移る。字は道教。『観無量寿経四帖疏楷定記』『浄土宗要集』などを著す。
◆平野国臣
 江戸時代の尊攘派志士・平野国臣(ひらの くにおみ、1828-1864)。筑前国足軽の家に生 まれた。江戸屋敷普請方、長崎屋敷諸用聞次定役を勤める。王政復古のため、1858年、脱藩上京、月照を保護して薩摩に行く。1862年、薩摩藩士らと挙兵を 企て、同年寺田屋の変で失敗、その後投獄された。翌1863年、赦免される。同年8月18日の政変では七卿のひとり沢宣嘉を擁して生野代官所を襲撃した但馬 生野の変で六角獄舎に収監された。1864年、禁門の変の際に未決のまま斬首された。
 辞世は「みよや人 嵐の庭の もみぢ葉は いづれ一葉も 散らずやはある」また、「憂国十年 東に走り西に馳 成敗天に在り 魂魄(こんぱく)地に帰す」。
◆古高俊太郎
 江戸時代後期の攘夷派志士・古高俊太郎(ふるたか/こたか しゅんたろう 1829-1864)。近江国に生まれた。父は大津代官所の手代・古高周蔵、母は公家の広橋家家来の娘。父が山科毘沙門堂門跡従者となり京都へ移住した。 門跡近習になる。尊皇攘夷の梅田雲浜に入門。1861年、京都河原町四条上ル東で諸藩御用達・枡屋を継ぎ、枡屋喜右衛門を名乗る。小道具(薪炭商、馬具も)を商い、宮部鼎蔵、有栖川宮、長州との連絡をとる。1864年、店に新撰組が踏み込み捕縛される。壬生屯所で激しい拷問を受け、1863年、八月十八日の政変後の長州によるクーデタ、テロ計画を自白したとされる。ただ、詳細は不明。自白をもとに、同日夜、新撰組が池田屋に集結した尊攘派志士を急襲撃破する。(池田屋事件)。古高は六角獄舎に収容される。長州藩尊攘派による禁門の変が起こり、獄舎に迫ったどんどん焼けの騒乱に乗じ、幕吏により獄中で斬首された。36歳。
 遺骸は西ノ刑場跡に葬られ、当寺に改葬された。
◆六角獄舎 境内には「六角獄舎殉難志士之墓」と刻まれた墓碑が立っている。
 幕末の生野の変(1863)で捕らえられた平野国臣(1828-1864、37歳、備前出身)ら5人、天誅組の変(1863)の水郡善之祐(34歳、河内)ら16人、池田屋事件(1864)の古高俊太郎(枡屋喜右衛門、37歳、近江)ら8人、そのほかの事件として、1863年に等持院の足利三代の木像の首を、三条河原に梟首した長尾郁三郎(28歳、京都)ら8人の勤皇の志士など、総勢37人が眠る。
 六角獄舎に投獄されていた志士たちは、禁門の変(蛤御門の変、1864)に際し、斬首された。兵火による混乱に乗じた逃亡を防ぐという名目で、幕史により未決のまま処世された。
 近代、1877年に、西ノ京刑場(西土手刑場、西大路太子道付近)跡から多数の白骨が見つかる。姓名を朱書した瓦片も発見された。これらは、国臣ほか37人の未決囚の遺骨であることが判明する。当寺に移葬され供養された。その後、1910年に境内に墓碑が立てられている。
◆文化財 藤原時代(894-1285)初期の作という一木等身の十一面観世音菩薩が安置されている。
◆合祀志士 「六角獄舎殉難志士之墓」に合祀されている志士の名は次の通り。
 ・天誅組大和義挙関係16人。
 水郡善之祐長雄(34歳、河内)、長野一郎寛道(26歳、河内)、田中楠之助祐信(22歳、河内)、原田一作一庿(原田喜太郎一作)(30歳、備中)、吉田重蔵良秀(35歳、筑前)、乾十郎嗣龍(37歳、大和)、中倉才次郎(25歳、土佐)、幸助(古東僕幸助、常助)(22歳、紀伊)、幾助(古東僕幾助、鶴松)(25歳、紀伊)、森元伝兵衛勝定(31歳、河内)、辻幾之助同茂(30歳、河内)、保母鉞之助建(保母健景光)(23歳、備前)、石川一貞幹(22歳、鳥取)、古東領左衛門需(46歳、淡路)、木村楠馬(24歳、土佐)、船田彦次郎貞光(?歳、鳥取)。
 ・生野(銀山)義挙関係5人。
 平野二郎国臣(37歳、備前)、横田友二郎靖之(31歳、鳥取)、大村辰之助包房(?歳、鳥取)、本多小太郎素行(45歳、膳所)、片山九市春量(37歳、丹波)。
 ・池田屋事件関係8人。
 古高俊太郎正順(37歳、近江)、今井(津)三郎右衛門有忠(46歳、但馬)、佐藤市郎(?歳、山口)、山田虎之助彪(23歳、長州)、内山太郎右衛門直一(22歳、長州)、村上俊平(27歳、上野)、南雲平馬(29歳、上州)。
 ・そのほかの事件関係8人。
 河村能登守季典(45歳、京都)、横田清兵衛順宜(俵屋)(31歳、京都)、長尾郁三郎武雄(28歳、京都)、吉川菊松(39歳、京都)、丹羽出雲守正雄(31歳、近江)、川勝寛治(35歳、園部)、厳傜坊佐々木織江(厳よう坊亮親)(49歳、豊前)、教観坊藤山衛門(34歳、豊前)。 
 

*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都大事典』『新選組と幕末の京都』


  関連・周辺西土手刑場跡・壺井・壺井地蔵     関連六角獄舎跡      周辺       

より大きな地図で 京都幕末史跡 を表示
 竹林寺 〒602-8366 京都市上京区行衛町455,下立売通御前西入北側  075-811-2589
50音索引  Home   50音索引  Home  

© 2006- Kyotofukoh,京都風光