西院野々宮神社 (京都市右京区) 
Sain-nonomiya-jinja Shrine
西院野々宮神社 西院野々宮神社
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 天神川の東、西院野々宮(さいいん ののみや じんじゃ)神社(野々宮神社)は、市内にいくつかある現存する斎宮跡の中で、最もかつての風情をとどめているとされる。現在は、西院春日神社の御旅所になる。 
 祭神の倭姫命(やまとひめのみこと)は、第11代垂仁天皇の第4皇女との神話伝承があり、伊勢神宮を創建したとされている。さらに、桓武天皇皇女・布勢内親王(ふせないしんのう)の2座。
 心願成就、女人守護の信仰がある。
◆歴史年表 神社の創建の詳細については不明。古くは機織の守護神として織女の信仰を集めたという。その後、女性の守護神として崇敬を集めたという。
 平安時代、西四条斎宮(にししじょうさいぐう)とも呼ばれていた。斎宮とは斎王の宮殿、仕えた官人の斎宮寮のことをいう。
 斎王は、伊勢へ下向するまでの間、この地の潔斎所で心身を清めた。「野宮(野々宮)」の名称も、この地が発祥ともいわれている。
 布勢内親王は、第50代・桓武天皇の第5皇女で、平安遷都直後の797年に現在地の野々宮に入り、平安時代初めて伊勢へ下った斎王という。
 932年には、第60代醍醐天皇の第10皇女・雅子内親王(がし、まさこ ないしんのう、910- 954)が野々宮に入っている。内親王は、斎宮卜定(ぼくじょう)前に、公家・歌人の藤原敦忠と相愛となった。 「匂ひ 薄く 咲ける花をも 君がため 折りとじをれば 色まさりけり」(権中納言敦忠)、返し「折らざりし 時より匂ふ 花なれば わがため深き 色とやはみる」(雅子内親王、『玉葉集』)。
 社は、その後、皇室や公家から庶民にいたるまで広く崇敬を集めたという。室町時代には、野々宮と呼ばれていた。
 江戸時代より、西院春日神社の御旅所となっている。春日祭には、天皇の勅使をはじめ多くの公家が参列していたという。 
 現在の社殿は、江戸時代、1774年に、後桃園天皇より宮中・賢所を拝領し造営されたものという。
◆雅子内親王 平安時代の伊勢斎宮・雅子内親王(がし ないしんのう、910-954)。第60代・醍醐天皇第10皇女。母は更衣源周子。911年、内親王宣下、四品に叙される。920年、源氏に賜姓された。932年、斎宮に卜定、932年、宮内省へ初斎院入り、野宮に入る。933年伊勢へ下向。936年、母死去により退下、帰京。939年頃、藤原師輔と結婚し、3男1女をもうけた。前斎宮の内親王降嫁の唯一例になる。第63代・冷泉天皇の養母。
 西四条斎宮と呼ばれた。斎宮卜定前に藤原敦忠と恋仲であったという。実ることはなかった。伊勢下向での歌「もちち葉を幣に手向けて散らしつつ秋とともにやゆかんとすらむ」。
◆斎王 斎王(さいおう/いつきのみや)は、伊勢神宮の天照大神に御杖代(みつえしろ、神の意を受ける依代)として奉仕した未婚の内親王か女王をいう。洛西の大堰川、紙屋川、有栖川は古代より祓禊の場になっており潔斎の場も置かれていた。
 伝承では、垂仁(すいにん)天皇の代(B.C.29?- A.D.70?)の、倭姫命(やまとひめのみこと)に始まったという。実質的には、飛鳥時代、670年第40代・天武天皇により、一度途絶えていた斎王制度が正式に始められる。以後、娘・大来皇女(おおくのこうじょ)を初めとして、第96代・後醍醐天皇の代(1330頃)まで、660年間に60人余りの斎王が生まれている。
 天皇の即位とともに、斎王には卜定(ぼくじょう)により未婚の内親王か女王が選ばれた。最初は、大内裏の斎所である初斎院(しょさいいん)で1年間の潔斎をした。その後、7月に郊外の清浄な野に建てられた野宮(ののみや)に入る。8月、賀茂川で禊を行った。朱雀天皇の頃より9月に変更された。さらに1、2年の精進潔斎生活を送り、9月に野宮より出て桂川で禊し、宮中に入った。天皇との別れの儀を経て、伊勢神宮に仕えるため、伊勢の斎宮へ向けて群行(ぐんこう)した。斎宮列は総勢500人にもなり、5泊6日かけて近江、鈴鹿山峠を越え、伊勢の斎宮寮へ向かった。
 斎王の日常は伊勢の斎宮で過ごし、数百人もの御使えの人々がいた。6月と12月の月次祭、9月の神嘗祭の3度、伊勢神宮に赴いた。天皇の崩御、譲位の際、本人、肉親などの死去などにともない退下(たいげ)になった。
 野宮は洛西にあったとされ、野宮神社、斎宮神社、斎明神社などもその旧跡地とされている。なお、野宮は一代限りで取り壊しにされていた。
◆野宮の森 近世には「野宮の森」といわれ、鎮守の森が広がっていたとみられている。
◆年間行事 4月1日、10月第2日曜日(春日神社の春日祭)、春日神社の御旅所のため神輿2基が御渡する。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『おんなの史跡を歩く』、案内板、『洛西探訪』



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 西院野々宮神社 〒615-0065 京都市右京区西院日照町55 
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