本覚寺 (京都市下京区) 
Honkaku-ji Temple
本覚寺 本覚寺 
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山門








本堂


勅使門



鐘楼
 本覚寺(ほんかくじ)の地は、平安時代、源融の六条河原院邸宅跡地といわれている。 
 山号を佛性山(ぶっしょうざん)という。
 浄土宗、本尊は阿弥陀如来。
 洛陽四十八願所地蔵めぐり(京都四十八願寺)の第48番札所、札所本尊は泥付地蔵。
歴史年表 平安時代、この地には、第52代・嵯峨天皇皇子・源融(822-895)の営む河原院・塩竈の第があったという。
 鎌倉時代、1222年、西八条の遍照心院(へんじょうしんいん、大通院)内に、鎌倉幕府3代将軍・源実朝後室の坊門信子が本覚寺を創建したという。亡き夫の菩提寺とした。寺号は、信子の法名本覚による。(「雍州府志」)。当初は真言律宗だった。
 1223年、梅小路堀川(下京区)に移転した。
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)後、荒廃する。
 1503年、玉翁により中興される。帰依した武将・細川政元(1466-1507)、山村祐二が高辻烏丸(下京区釘隠町、山王町付近)に土地を寄進し、浄土宗に改め建立された。その後、末寺14を数え本山となる。
 第104代・後柏原天皇(1464-1526)の勅願寺となる。
 安土・桃山時代、1591年、豊臣秀吉の命により、4塔頭(道知院、宗受院、玄昌院、三玄院)とともに現在地に移った。
 江戸時代、寛文年間(1661-1673)、第112代・霊元天皇の命により、僧・宝山が洛外・六地蔵以外の48か寺の地蔵尊を選んだ洛陽四十八願所の霊場のひとつになる。
 1788年、天明の大火により焼失する。
 1864年、元治の大火により焼失した。
 1866年、現在の堂宇が再建されている。
 近代、1894年、塔頭・三玄院が愛知県南宇和郡に移転する。
 1895年、塔頭・玄昌院が名古屋市に移転する。
 1898年、塔頭・宗受院が名古屋市に移転した。
◆西八条禅尼 鎌倉時代の女性・西八条禅尼( にしはちじょう ぜんに、1193-1274)。信子。本覚尼。公家・坊門信清の娘。幕府と朝廷の融和策として、1204年、13歳で3代将軍・源実朝の御台所として鎌倉に下向した。子はなかった。1219年、実朝が鶴岡八幡宮で甥の別当・公暁に「仇討」として殺害される。その公暁も当日暗殺された。翌日、28歳で真空を師として寿福寺で出家した。京都に住み、本覚尼とも呼ばれる。1221年、承久の乱で、後鳥羽上皇方に与した兄・坊門忠信の助命を政子に乞い、聞き入れられる。1222年、亡夫菩提のために遍照心院万祥山大通寺を建てる。
◆玉翁 室町時代-戦国時代の僧・玉翁(ぎょくおう、1460-1521)。越後に生まれた。号は団誉。曹洞宗の寺で出家し、後に浄土宗に転じた。下総・弘経寺の良肇(りょうちょう)の法を継ぐ。応仁の乱後、京都の真如堂、六波羅蜜寺などを復興し、1503年、本覚寺を再興した。
◆八文字屋自笑 江戸時代中期の出版屋・八文字屋自笑(はちもんじや じしょう、?-1745)。安藤八左衛門。京都に生まれた。1688年頃より、家業の浄瑠璃本屋・書肆八文字屋を継ぐ。浮世草子作者、版元。1696年頃より、江島其磧(1666-1735)の役者評判記『役者口三味線』、浮世草子『けいせい色三味線』、多田南嶺(1698-1750)の本などを刊行し、八文字屋本と称された。
◆木像 源融像、本覚尼像を安置する。
◆河原院・塩竈町 平安時代、この地には、源融(822-895)の営む河原院・塩塩竈の第があったという。平安京の条坊では、左京六条四坊二保六町北、三保十一町北西隅に当たる。塩竈とは、河原院で陸前塩竈の景色を模し、運び入れた海水で塩を焼いたという故事による。
 かつて境内には、塩竈神社が祀られていた。太平洋戦争の五条通強制疎開により破却された。
 現在、本塩竈町の地名が残されている。『源氏物語』の六条院のモデルとされている。
◆墓 玉翁の無縫塔がある。
 江戸時代中期の八文字屋自笑(じしょう)(?-1745)の笠塔婆がある。子・其笑(?-1750)、孫・瑞笑(?-1766)、曾孫二代目・自笑(?-1806)の墓もあったという。

 
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都市の地名』『京都 歴史案内』『京都府の歴史散歩 上』『旧版 京のお地蔵さん』『京に燃えた女』『源氏物語を歩く旅』


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八文字屋自笑の墓

北本塩竈町の町名
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 本覚寺 〒600-8119 京都市下京区本塩竈町558,富小路通五条下る   075-351-4780
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