大河内山荘 (京都市右京区) 
Okoch Sanso Villa
大河内山荘 大河内山荘 
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中門





 嵯峨野の竹林(歴史的風土特別保護区)を通る坂道を上りつめると、大河内山荘(おおこうち さんそう)に着く。山荘は、小倉山南面の高台に建ち、6000坪(2000万㎡)の広大な敷地が広がる。 
◆歴史年表 近代、この地はかつて、映画役者・大河内傳次郎(1898-1962)の邸宅だった。
 1931年、山荘建設は、当初は1000坪から始まった。大河内は熱心な仏教徒であり、参禅堂で仏間のある「持仏堂」から着手される。途中、戦争を挟み、亡くなるまでの約30年間、山荘、庭園造りは続けられた。
 1932年、「滴水庵」が移築される。
 1942年、「中門」、「大乗閣」が建てられた。
 現代、1962年、大河内が亡くなる。その後、山荘は一般公開されている。
 2002年、国の登録文化財に指定された。
◆大河内傳次郎 近代の映画俳優・大河内傳次郎(おおこうち でんじろう、1898-1962)。福岡県の医業の家に生まれた。母方は中津藩儒者の家。実家没落後、兄を頼り、苦学し大阪商業学校(大阪商業高校)入学、1918年、上京し「明治屋」に就職した。「新国劇」創設者の一人・澤田正二郎にあこがれ、1924年、堺市の民衆劇学校(後の第二新国劇)に入り役者になる。1926年、日活入社し、大河内傳次郎と改名した。その後、 1947年、新東宝、1949年、大映、1957年、東映に移籍する。当時の傾向映画「槍供養」(1927)を皮切りに、不朽の名作といわれる「忠次郎日記」3部作(1927)、 伊藤大輔監督「素浪人忠弥」、トーキーの「怪剣士・丹下左膳」(1933)は当たり役となる。黒澤明監督「姿三四郎」(1943)、内田吐夢監督「大菩薩峠」、最後の作品「赤い影法師」(1961)まで生涯280本の映画に出演し、反逆ニヒリズムを演じた。
 禅に傾倒した。1931年以来、京都の山荘に居を構え、映画出演料の大半を山荘建設の資金に注いだ。最期は母屋、大乗閣、寝殿の間で没した。
◆建築 建物は、大河内の構想により、数寄屋大工の笛吹嘉一郎が設計した。
 最初に造られた高床式の「持仏堂」(登録有形文化財)は、1931年に建てられた。2畳の部屋と奥に1畳の仏間がある。二尊院、九条家の位牌堂を写した。正側面3方に刎(はね)高欄付切目縁、円柱を頭貫(かしらぬき)、内法長押(うちのり)で固め、台輪上に三斗組、中備蟇股(なかぞなえかえるまた)。正面1間、側面2間、入母屋造、桟瓦葺、妻入。
 明治期に建てられ、1932年に移築された「滴水庵」は、2室の広間の茶室と土間のある数寄屋造りの水屋になる。
 「中門」(登録有形文化財)は、1941年に建てられた。間口1.7m、親柱、控柱、冠木の軸部、弓形に曲げた垂木により迫持(せりもち)状(曲面天井)の檜皮葺屋根。木造数寄屋風。
 母屋の「大乗閣」(登録有形文化財)は、1941年に建てられた。寝殿造、書院造、数寄屋造、民家などのさまざまな様式を集めた意匠になっている。数寄屋風の書院、寝殿、如庵写しの小間の茶室、民家風の勝手と土間などを一体化させている。木造平屋建、檜皮葺一部茅葺、柿葺、瓦葺。
◆茶室 茶室「滴水庵「静雲亭」「月下亭」などがある。
 「滴水庵」(登録有形文化財)は、1937年に移築された。木造平屋建、入母屋造、茅葺、瓦葺、柿葺、桁行5間、梁間2間、南面西半に切妻造、土庇付。水屋は数寄屋風。
◆庭園 小倉山南面に造営された回遊式借景庭園は、山の傾斜地の高低を巧みに利用している。西に嵐山、保津峡の渓谷、東の遠景に比叡山、東山などの雄大な山並み、京都市街地を一望することができる。
 庭は、大河内の作庭により、庭師・広瀬利兵衛とともに、30年にわたり造り上げている。大河内は、当時、長期保存が難しかった映画フィルムを念頭に入れ、それに反して「永く残る美」として作庭したという。
 主庭は大乗閣の広い芝生に、もとからあった赤松、ミツバツツジの群生を生かし、桜、楓などが植えられている。庭の景色は経年とともに変化することを当初から想定していた。
 茶室「滴水庵」の露地庭もしつらえられている。それぞれの建物、庭の間は、さまざま意匠で凝らした飛び石、歩道で結ばれ、足を進めるにつれ、趣の異なる景色が見られる。借景も、高度差、東西で全く違う変化が楽しめる。この古典的な回遊式借景庭園手法は、さまざまな分野で応用されている「シークエンス」とも重なる。映画では、物語上の繋がりがある一連の断片を意味し、建築では、移動につれて変化する景色、デザインをいう。
 園内には、数多くの樹木が植えられ、桜、紅葉の名所として知られている。2002年、国の登録文化財に指定されている。
◆映画 時代劇映画「丹下左膳 百万両の壺」(監督・津田豊滋、2004年、日活)では、山荘西の竹林が登場する。


*参考文献 『京都シネマップ 映画ロマン紀行』『京都絵になる風景』『京都府の歴史散歩 上』


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大乗閣

茶室「静雲亭」

持仏堂


茶室「滴水庵」

茶室「月下亭」

記念館

記念館の山荘、大河内に関する資料が展示されている。

大河内傳次郎の当たり役、丹下作善、「シェイは丹下、名はシャジェン(左膳)」の名文句は、生まれ故郷の豊前訛りだった。撮影には真刀を使ったという。

月下亭からの眺望

月下亭からの東の眺望

保津川の渓谷、西側の眺望

近くの竹林、歴史的風土特別保護区に指定されている。

雪の朝
 大河内山荘 〒616-8394 京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町8   075-872-2233
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