剣神社 (京都市東山区)
Tsurugi-jinja Shrine

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 剣道(つるぎみち)を登ると今熊野の剣神社(つるぎ じんじゃ)がある。古くは剣の宮と呼ばれた。子どもの護神・疳虫封じの神として洛中・洛外より多くの参詣を集めてきた。 
 祭神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、邇邇藝命(ににぎのみこと)、白山姫命(しらやまひめのみこと)、末社・朝日神明宮 に天照大神(あまてらすおおかみ)などを祀る。
 夜泣き封じ、疳虫封じ、神経痛封じ、諸病平癒、厄除の信仰がある。
◆歴史年表 創建の詳細は不明。
 古くより一帯は、鳥戸野の地に当たることから、高貴人の葬送地だった。
 平安時代、794年の平安京遷都の頃、王城鎮護のため、都の巽(東南)の地に宝剣を埋め、 神殿を造営したという。
 また、加賀白山の僧徒が神輿を担いで宮中に強訴した。だが、聞き入れられず、神輿を放棄して帰山した。その際の神輿を祀ったことに始まるともいう。
 室町時代、1470年、兵火(応仁・文明の乱?)により焼失する。
 その後、現在地の南東、泉涌寺(東山区)の管理下にあったという。
 江戸時代、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、白山権現第一皇子を祀ったともいう。
 江戸時代前期、幕府により修理が施されたという。
 1788年、天明の大火により焼失する。
 天保年間(1830-1843)の大火で焼失した。
 近代、1878年、1877年とも、朝日神明宮(中京区神明町)を合併した。
◆絵馬 疳の虫封じの成就に、飛魚(とびうお)の絵馬が奉納されている。魚の絵の由来は、「剣(つるぎ)」は「太刀(たち)」であり、「太刀魚(たちうお)」に転じたともいう。
 祭神の使者である飛魚ともいう。飛魚は速いことから霊験も早くなるという。願掛けしている最中には、飛魚を絶つ。
◆ホトトギス 江戸時代、境内一帯の一之橋付近は、ホトトギスの名所として知られていた。昼のみならず夜も、"テッペンカケタカ"と囀った。『拾遺都名所図会』にも郭公(ほととぎす)の名所として、一之川上流の当社が記されている。
 江戸時代の俳人・宝井其角(1661-1707)は、「ほととぎす一二の橋の夜明けかな」と詠んだ。和歌にも数多く詠まれた。
◆一之橋川 境内近くの谷底に一之橋川が流れていた。川は今熊野、阿弥陀ヶ峰、泉涌寺山に源流があり、泉涌寺北より、菅谷、伏見街道の一之橋に流れ下っていた。
◆年間行事 元旦祭(1月1日)、七草祭・ぜんざい接待(1月7日)、成人祭・学徳成就祈願(1月15日)、御弓始祭・厄除火焚祭(2月11日)、 春季大祭、講社大祭(4月上旬)、ほうらく灸の加持(7月土用)、三疳(みかん)封じ火焚祭(神前で焼かれた蜜柑が授与される。これを食べると夜泣き、ひきつけ、喘息、風邪の予防に効果あるという)(11月上旬)。


*年間行事(拝観)などは、中止・日時・内容変更の場合があります。*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都大辞典』『昭和京都名所図会 1 洛東 上』『京都の地名検証 3』『京都のご利益めぐり』


  泉涌寺      新熊野神社                      

拝殿


拝殿

本殿

本殿

飛魚の絵馬、剣の神の使いであり、速いことから霊験も早くなるという。願掛けしている最中には、飛魚を絶つ。

朝日神明宮

朝日神明宮

朝日神明宮

 剣神社 〒605-0972 京都市東山区今熊野剣宮町13   075-561-3738
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