御霊神社 (下桂御霊神社) (京都市西京区) 
Goryo-jinja Shrine
御霊神社 (下桂御霊神社) 御霊神社 (下桂御霊神社) 
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イチョウ



 桂離宮の西に位置する御霊神社(ごりょう じんじゃ)は、下桂御霊神社(しもかつら ごりょう じんじゃ)とも呼ばれる。旧下桂村の産土神(うぶすなのかみ)、桂宮家の産沙神(産土神)になる。 
 祭神は、橘逸勢(たちばなのはやなり)、天兒屋根命(あめのこやねのみこと)を祀る。御霊社。
 御霊八社のひとつ。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 かつて、旧下桂村の産土神として祀られていた。
 平安時代、876年(850年とも)、橘逸勢(782?-842)が祀られたという。
 江戸時代、八条宮(桂宮)初代・智仁親王(1579-1629)により、第108代・後水尾天皇の鳳輦(ほうれん)が贈られ、当社の神輿として使われた。また、天皇による「御霊宮」の勅額、社領水垣も寄進される。
 八条宮(桂宮)2世・智忠親王(1619-1662)より社領を寄進される。この頃の宮付き反別は、3反7畝4歩、石高は5石6斗になる。
 八条宮(桂宮)3世・穏仁親王(1643-1665)より水垣の寄進がある。
 八条宮(桂宮)5世・尚仁親王(1671-1689)より水垣修理、周囲回廊塀の寄進がある。
 1863年、正遷宮が執り行われ、狂言が奉納された。(奉納額)
◆橘逸勢 平安時代の貴族・橘逸勢(たちばな の はやなり、782? -842)。右中弁・橘入居の末子。804年最澄・空海らと遣唐使として唐に渡る。琴、書を柳宗元に学ぶ。帰国後、840年、但馬権守に任じられる。842年嵯峨上皇没後、皇太子・恒貞親王の東国移送を画策した謀反の疑いで、伴健岑とともに捕縛された。拷問を受けたが罪を認めず、仁明天皇より謀反人との詔勅が出される。親王は皇太子を廃され、逸勢は姓を「非人」と改められ伊豆に流罪になる。護送途中、遠江板築(浜松市)で病没した。(承和の変)。書に秀で空海、嵯峨天皇と共に三筆の一人。
 道康親王(後の第55代・文徳天皇)が皇太子になった事件は、藤原氏による排斥ともいわれているが詳細不明。その後、都で異変が続き、逸勢は没後の850年正五位下の位階を贈られ、863年御霊会で御霊の一人として、その後「八所御霊」の一柱になる。
◆智仁親王
 安土・桃山時代-江戸時代初期の皇族・智仁親王(としひと しんのう、 1579-1629)。幼名は胡佐麿(こさまろ)。四親王家のひとつ桂宮の初代。第106代・正親町(おおぎまち)天皇第1皇子・誠仁親王(陽光院)の第 6皇子。母は新上東門院(法号桂光院)。1579年、8歳の時、跡継ぎのない豊臣秀吉の猶子となる。1580年、秀吉に鶴松(後に3歳で夭逝)が誕生したため 縁組は解消される。秀吉は宮家創立に動き、破格の3000石の待遇を与えた。1590年、御所の北に八条宮が置かれ12歳で初代になる。1591年、親王宣下 を受け元服、式部卿に任ぜられ、1601年、一品に叙せられた。1598年、兄・第107代・後陽成天皇が親王に譲位の意向を示すが、徳川家康が反対し良仁親 王(第108代・後水尾天皇)に譲位となる。1612年、丹後に下向した。1616年、丹後宮津藩主・京極高知の娘・常子(常照院)と結婚する。
 若年より和歌・連歌を好み細川幽斎に師事する。二条家系の歌学を学ぶ。『源氏物語』、漢学、漢詩、書、絵、華道、茶、琴、蹴鞠、馬術にも通じた。平安時 代の藤原道長の別業「桂家」(『源氏物語』の「桂殿」のモデル)の跡地を探し求め、1615年頃に入手、桂別荘を営む。
◆建築 現在の社殿は江戸時代末期の造営という。一間社流造、素木造、桧皮葺。
◆文化財 江戸時代、智仁親王により、第108代・後水尾天皇の鳳輦(ほうれん)が贈られ、当社の神輿として使われた。屋根飾に菊の紋章をあしらう。
 「後水尾天皇御宸翰勅額 御霊宮」は、江戸時代、1620年頃の作。華表型、額縁に八葉の蓮華を装飾し、額板文字は象形風字体になる。例大祭では拝殿に展示される。現在、南参道鳥居に掲げられている社号額は、2008年に複製新調した3代目になる。
 拝殿に掲げられていた三六歌仙の板額絵3枚がある。現在は社務所内に移されている。
◆渡海朱印船絵馬 桂離宮内の茶屋「月波楼」の一の間と土間の桁上に、江戸時代の「渡海朱印船」の絵馬(1605年銘)が掲げられている。作者は不詳。かつて、八条宮家の領地、下桂の御霊社に奉納されていたものという。「唐船に和漢乗合之図」「古物之唐船に日本人船あそびの図」ともいわれている。銘のある1605年時点で、まだ桂別荘(桂離宮)は造営されていなかったため、御霊社より桂別荘に移されとみられている。
◆旧下桂村 当社は旧下桂村の産土神になる。旧下桂村は江戸時代初期に中桂村(桂東学区)と下桂村(桂学区)に分かれた。
◆樹木
 「西京区民の誇りの木」にムクロジナギ、イチョウが指定されている。
 カゴノキ、クスノキがある。
◆年間行事 古神札焼納祭(1月13日)、節分祭(2月10日)、祈年祭(3月18日に近い日曜日)、出御祭(4月18日に近い日曜日)、例祭(5月18日に近い日曜日)、初秋祭(9月18日に近い日曜日)、秋祭(10月18日に近い日曜日)、新嘗祭(12月18日に近い日曜日)、お火焚き(12月31日)。
 松尾大社・神幸祭(4月21日)。


*年間行事・は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考資料 案内板由緒、『京都府の歴史散歩 上』『京都 神社と寺院の森』、当社サイト


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拝殿

拝所

拝所正面扉桂宮家の紋章の十六弁菊花紋、芯が朱彩されている。

拝所


本殿

能舞台

能舞台

巻子本「伊都内親王願文」(縦29.6×長さ340.8cm)の写し。橘逸勢筆とされる。平安時代、833年に第50代・桓武天皇皇女・伊都内親王が母・藤原平子に代わり、山階寺(興福寺)東院西堂に香燈、読経科として墾田、荘、畠を寄進した際の願文という。巻末の「伊都」の署名は内親王筆とされている。橘逸勢筆についても確定されていない。願文は興福寺より明治天皇に献上され、現在は宮内庁御物になっている。

手水舎

ナギの木
 下桂御霊神社 〒615-8016 京都市西京区桂久方町47-1  075-812-1177
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