山国神社 (京都市右京区) 
Yamaguni-jinja Shrine
山国神社  山国神社 
  Home   Home

鳥居までの参道は一直線。






拝殿

 京北山国の地にある山国神社(やまぐに じんじゃ)は、桂川に沿ってある。延喜式内社であり、山国郷の一宮とされた。 
 祭神は、 大己貴命(おおなむちのみこと)(大国主命<おおくにぬしのみこと>)。
 境内社として、天児屋根命を祀る春日神社、蛭児命を祀る蛭子神社、八幡神社、飛地境内社の御霊神社がある。
◆歴史年表 奈良時代、宝亀年間(770-781)、大工寮修理職により本殿が建てられている。祭主として官僚・和気清麿呂(733-799)が任じられている。
 平安時代、1016年、神位正一位、菊花紋を贈られ、祈願所となる。春日、加茂、御霊、日吉の四社が建立され、五社明神となった。
 平安時代、794年、平安遷都にあたり、山国郷は御杣御料地と定められた。大内裏造営、大嘗祭に使われる悠紀殿と主基殿という二つの祭殿のための用材として、杉、桧、松などが山から斬り出された。木材は、大堰川(上桂川)を使った筏流しにより都に送られていた。また、鮎や松茸などの特産物も朝廷に献上され、皇室との繋がりが深かった。
 治承・寿永の乱(源平の戦い、1180-1185)により、社殿は破壊されている。
 鎌倉時代、1233年に再建されている。第96代・後醍醐天皇を中心とした鎌倉幕府討幕の元弘の乱(1333)でも、社殿は破壊された。
 室町時代、1399年、室町幕府官領・細川頼之が当地に隠棲した際に復旧している。この時、室町幕府3代将軍・足利義満(1358-1408)が、丸に二引の徽章を奉納し、以後、この紋章が当社の紋章になった。
 安土・桃山時代、1596年に再建されている。
 江戸時代、1737年、現在の社殿が建立される。
◆平安京 平安京の建都にあたり、山国郷は、禁裏御料地になり、杣山が営まれた。この地から、都に木材を供給していた。中世(鎌倉時代-室町時代)、荘官・鳥居氏が管理していた。
◆山国隊 王政復古の大号令(1868)の募兵に呼応し、山国では、西軍東軍の2軍、5日間で83人の農兵隊「維新勤皇山国隊」が結成され、1月11日、山国神社より出陣した。
 隊は、西洋式の軍事教練を受け、因幡鳥取藩に付属した。官軍として甲州、野州、上野戦争などに参戦している。また御所や市中の警護にもついた。隊士、7人の犠牲者を出しながらも、1869年2月18日に凱旋し、山国神社に参拝している。
 遷都1100年の記念の平安神宮時代祭(1895)では、山国隊が先頭を行進し、以後25年間に渡り続いた。現在も、山国神社の還幸祭、時代祭行列(10月22日)では、山国隊軍楽保存会による維新勤王隊列の鼓笛隊が先頭を行進している。
◆鳥居町 町名の鳥居町は、山国神社の鳥居に由来する。
◆樹木 境内のスギ木立は、人工林の北山杉を背景として、1997年の「京都の自然200選 歴史的自然環境部門」に「山国神社」として選定された。
◆年間行事 神幸祭(10月例祭の前日)、御霊神社を発御、 例祭・還幸祭(10月第2日曜日)、山国隊鼓笛行進の奉納。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています

*年間行事(拝観)などは、中止・日時・内容変更の場合があります。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都府の歴史散歩 上』『京都の地名検証 3』『京都の寺社505を歩く 下』『京都 神社と寺院の森』


  関連・周辺山国護国神社      周辺常照皇寺      関連           

本殿

春日神社

蛭子神社

八幡神社

神饌所

境内は「京都の自然200選」のひとつに選ばれている。
 

社紋、丸に二文字

社殿すぐ裏(南)を流れる桂川

【参照】時代祭行列(10月22日)に参加する維新勤王隊列の鼓笛隊。京都御所
 山国神社 〒601-0323 京都市右京区京北鳥居町宮ノ元1 
 Home    Home  
   © 2006- Kyotofukoh,京都風光