護国寺 (京都市山科区) 
Gokoku-ji Temple
護国寺  護国寺
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法界塔


「だんじょ妙見宮」の石碑


総門


総門


総門、扁額「護国学林」

総門総門


本堂


本堂


本堂



本堂



本堂、相輪

 三条通に面して護国寺(ごこくじ)がある。通称は、「だんじょ(檀所、談所、談場)の寺」と呼ばれた。近代以前まで、山科檀林(日蓮宗僧侶養成、宗派学問所)として栄えた。 
 山号は了光山という。開基檀那・妙慧院殿了光日耀大姉に因む。
 妙伝寺末寺、日蓮宗。
 日蓮宗京都(関西)六壇林の一つ。
◆歴史年表 年代不詳、かつて現在地には、真言宗の護国院がありその後、廃寺になった。
 江戸時代、1643年、日勇は護国院跡地の竹薮4000坪を切り開いて護国寺を開創し、開山となる。開基檀那は公家・参議の四条隆術の妻・妙慧院殿による。山科檀林が開かれる。
 1648年、日勇を継ぎ2祖・日通が化主(けしゅ、住職)に就く。日通は、妙玄講堂を寂遠院と称し、論議場を通玄峰と号した。檀林制規を定める。
 1661年、日通が化主を辞する。
 1690年、周辺村の水不足に対し、護国寺僧と村人の協同で「だんじょの水」が拓かれた。
 1787年、『拾遺都名所図会』に当寺が記されている。
 近代、1872年、山科檀林が廃止される。その後、無住になる。学室、学寮も失う。
 1892年、東音院日瑞が入寺し、私財を投じて諸堂を移転修理、中興の祖となる。
 1900年、境内地(三条通、南の醍醐街道の交差点付近)にあった「護国寺の馬場」が廃された。
 現代、1950年、復興になる。
 1962年、現在の本堂が建てられた。
◆日勇 江戸時代の日蓮宗の僧・日勇(にちゆう、1604-1650)。法性院日勇。父・公家、参議の西洞院時直の子。幼名を梅松麿。父は13、4歳の梅松麿を身延山久遠寺24世・顕是院日要に預けた。15歳で出家、天慧と改めた。後に日勇と号した。寛永年間(1624-1645)初め、20歳頃、請われて京都の本山・妙傳寺14世、正保年間(1645-1648)、内裏で第108代・後水尾天皇と皇后・東福門院に法華経を講じ、帰依を得る。多くの学僧が集まり、法脈を「勇師法縁」と呼んだ。護国寺で亡くなり、当寺に廟もある。
◆日通 江戸時代の日蓮宗の僧・日通(?-1733)。寂遠院日通。幼くして日勇に仕えた。洛北・鷹峯檀林(常照寺)に学ぶ。1648年-1661年、日勇を継ぎ護国寺二祖。境内に妙玄講堂、論議場を設け、檀林制規を定めた。東山・妙傳寺16世、1677年、平塚・法傳寺30世、江戸池上・本門寺20世、山梨・身延山久遠寺第30世。千葉・飯高(はんこう)檀林15世化主を歴任した。
 弟子に一円院日脱、寂耀院日哲、収玄院日祐、久成院日相、大研院日梵らを生む。
◆日輝 江戸時代の日蓮宗の僧・日輝(にちき、1800-1859)。優陀那(うだな)日輝。加賀の生まれ。山科檀林で学び、深草・日臨に師事した。加賀金沢・立像(りゅうぞう)寺に、私塾「充洽園(じゅうごうえん)」を開く。教えは、近代、廃仏毀釈後の日蓮宗教学の中心になる。弟子に新居日薩、吉川日鑑、三村日修、津川日済らを産んだ。著作に「宗義抄」など。
◆山科檀林 檀林とは、日蓮宗僧侶の養成、宗派学問所をいう。天正-元禄年間(1573-1704)、日蓮宗一致派には関東に八檀林、関西(京都)に六檀林があり、日蓮教学の拠点になった。
 六檀林の一つに数えられた山科檀林は「だんじょ(檀所、談所、談場)」とも呼ばれた。護国寺の開山・日勇により境内に開創される。日通が引継ぎ、妙玄講堂、論議場、衆寮などが建てられた。檀林制規も定められる。学徳兼ね備えた者の中から選ばれた檀林長は、化主(けしゅ)と呼ばれ山科檀林では歴代579世に及ぶ。
 山科檀林の法脈は、日勇を縁祖とした勇師法縁(山科法類)、さらに、通師法縁(堀之内法縁、千駄ヶ谷法縁、一ノ瀬法縁、雑司ヶ谷法縁)、潮師法縁と広がる。近代、廃仏毀釈後の日蓮宗教学の中心になった優陀那(うだな)日輝も学んだ。
 近代に入り、1872年の新学制発布に伴い廃檀になった。
◆仏像・木像 「久遠実成釈迦牟尼仏像」は厨子内に納められている。
 本堂の「日蓮大聖人像」は、向かって右の厨子内に安置されている。日蓮命日より立教開宗間の10月13日-4月28日は綿帽子を掛ける。
 「日勇聖人像」は、本堂の向かって左、厨子内に安置されている。命日の12月23日に報恩の法会が厳修されている。
 「妙見菩薩像」は、かつて妙見堂に祀られていた。逸話がある。かつて護国寺に泥棒が入り金品が盗まれた。だが、泥棒の夢に妙見菩薩が毎夜現れる。盗品を寺に返すように告げたという。泥棒は恐れをなし、金品と侘び証文を書いて寺に返した。以来、妙見菩薩は、開運、盗難除け守護の篤い信仰を集めた。
 「弁財天女像」は、かつて護国院に祀られていた。ある時、開山の日勇の夢に現れたという。弁才天は、自らはこの地の地主神であると名乗り、寺を復興すれば、永く山門を鎮護し、火難からも守護すると約束したという。以来、智慧、文才、技芸、長寿、火難の信仰を集めた。
 「七面天女像」、「大黒天像」は客殿に安置されている。
 「青木夫妻像」は、六牙院日潮の両親であり、護国寺に一切経蔵を寄進している。
◆建築 旧大講堂と旧方丈は、東福門院の寄進による。
 総門と旧学寮は、創建時に建立された。開山の日勇に帰依した紀州徳川家2代藩主・徳川光貞、その室・天真院殿(安宮照子)の寄進による。総門はその娘の台嶺院殿、伏見家の高厳院殿が施主になった。学寮は1872年に失われた。総門は現存し、欅造りになる。
 「本堂」は、1962年に建てられた。鉄筋造。
 「鐘楼」は、6世・寂耀院日啓の建立による。梵鐘はかつて元政上人の弟子・大中院日孝の撰名があった。第二次世界大戦時に金属提供出により失われ、現在のものは1962年に新鋳されている。
 「開山廟」は、かつての妙見堂を移築している。
◆文化財 日蓮真筆の断簡「日蓮大聖人書簡」、「六老僧・日興上人書状」、「開山 日勇聖人曼荼羅」4幅、「2祖 日通上人曼荼羅」9幅、「3祖 日令上人曼荼羅」2幅、「4世 日堯上人曼荼羅」6幅、「5世 日脱上人曼荼羅」1幅、「6世 日啓上人曼荼羅」1幅、「11世 日厳上人曼荼羅」1幅、「心性院日遠上人曼荼羅 」4幅、「久遠成院日親上人曼荼羅」1幅、「寂照院日乾上人曼荼羅」4幅、「池上本門寺 日詔上人曼荼羅」2幅、「本山 妙傳寺 日健上人曼荼羅」1幅、「日暁上人観心論場本尊」1幅、「加藤清正公 一遍首題」1幅。
 「二祖 日通上人書簡」、「十世 日亨上人書簡」、「本山 妙傳寺開山 日意聖人断片」、「身延山久遠寺 日要上人書簡」。
 「山科檀林文書」は、修行僧の日課、食事、授業料なども記されている。関西六檀林の会合資料などもある。
 「泥棒の詫び証文」は、寺に入ったという泥棒の謝罪文という。  
 「古襴裏菊紋七條袈裟」は、日勇に帰依した後水尾天皇皇后・東福門院より下賜された二領のうちの一つという。東福門院自らが縫い、日蓮宗で初めて金紋を許された袈裟という。袈裟は以後、山科檀林の歴代化主が着衣を許された。
 「日通上人 袈裟・座具」は、山科檀林2世・日通所用になる。
 「ご霊供膳」は、東福門院より下賜された供膳・金の箸という。
 「版木」は、檀林で使用された教材で100枚以上ある。
 「日勇聖人肖像画」は、1849年、一地院日生が奉納した。「日通上人肖像画」は、堀之内妙法寺21世・日停が寄進した。「天台・伝教大姉肖像画」。
 「雲龍図」は、かつて方丈(書院)に掲げられていた。江戸時代、1859年、長浜・妙法寺の禅味院日喜が再檀し奉納した。大正期(1911-1926)に補装された。
 「釈尊涅槃図」は、長崎・本蓮寺より江戸時代、1684年に寄進された。1851年、1917年に補装された。
 尾形光琳筆「花鳥図」1幅、円山応挙筆「春之若草」「秋之実草」。
 西洞院時直「短歌」。四条隆術(妙慧院殿の夫)「短歌」。
◆墓 墓地内の開山廟は開山・法性院日勇の廟所であり、2世・寂遠院日通、4世・発心院日堯の廟墓になる。
 開基檀那・四条家の妙慧院殿・慧光院殿の墓がある。
◆だんじょの水 護国寺から南東に「だんじょの水(だんじょ水)」はある。「だんじょ」は、かつて護国寺が山科檀林であり、「だんじょ(檀所、談所)」と呼ばれたことに因む。
 江戸時代、1690年、また、元禄期(1688-1704)以前、この付近の村が水不足に陥った時、村人たちは護国寺の僧とともに地下埋設水路を使って用水工事を完成させたことから「だんじょの水」と名づけられた。
 近年、水は枯渇し、1997年に「だんじょ保存会」により復活した。現在も水は絶えず、脇に浄行菩薩(洗い仏)が安置されている。 菩薩は、体の悪い部分を磨きあげ願をかけると病も平癒するといわれている。
◆年間行事 年始参り(1月5日)、大寒寒行(1月20日)、新年大祈祷会(2月9日)、春彼岸会(3月23日)、棚経(8月12-14日)、盂蘭盆会(8月24日)、秋彼岸会(9月21日)、御会式(11月24日)、開山報恩法会(12月23日)、除夜の鐘(12月31日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 当寺サイト、「だんじょ保存会」説明板、『京都古社寺辞典』


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「北辰妙見堂」の石標

方厳亭

方厳亭

鐘楼

梵鐘

開山堂

【参照】だんじょ水

【参照】だんじょ水

【参照】だんじょ水

【参照】だんじょ水、浄行菩薩(洗い仏)

【参照】だんじょ水
護国寺 〒607-8080 京都市山科区竹鼻竹ノ街道町72-1    

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