楊谷寺(柳谷観音楊谷寺) (長岡京市)
Youkoku-ji Temple
楊谷寺 楊谷寺
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門前、参道は山門まで一直線の石畳が続く。すり鉢状の地帯に、規模は大きくないが門前町が形成されている。










山門


「立願山の扁額


風神像


雷神像


手水舎


本堂


本堂


本堂


境内
 西山、浄土谷にある楊谷寺(ようこくじ)は、柳谷観音(やなぎだに かんのん)楊谷寺、柳谷観音とも呼ばれている。「京都・西山三山」(ほかに善峯寺、光明寺)のひとつに数えられる。 
 空海ゆかりの「独鈷水(とっこすい、おこうずい)の寺」、「紫陽花の寺」としても知られている。山号は、立願山(りゅうがんざん)という。
 西山浄土宗、光明寺の末寺。本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。
 新西国観音霊場第17番札所。奥ノ院の千手観音は、京都洛西観霊場第10番札所。
 願病平癒、美人祈願などの信仰がある。
◆歴史年表 平安時代、806年、清水寺開祖・延鎮(えんちん)僧都により開山されたという。2世には弘法大師(空海)(774-835)が就いた。
 平安時代、立岩寺西清水寺の勅額を贈られ栄える。その後、荒廃する。
 安土・桃山時代-江戸時代、慶長年間(1596-1615)、1614年とも、東福寺禅僧・芳室士せんにより7間4面の本堂が再興されたという。
 元禄年間(1688-1704)、本尊・千手観音が広く信仰を集めた。
 現代、1997年、本尊・千手観音の解体修理に際して、像内より文書が発見された。
◆延鎮 奈良時代-平安時代前期の法相宗の僧・延鎮(えんちん、?-821?)。報恩に師事、その没後、大和・高野山真言宗の子島(嶋)寺を継いだ。778年、行叡(ぎょうえい)と出遭い、京都・乙輪(音羽)山に移る。798年、坂上田村麻呂が開いた清水寺の開祖となる。優婆塞(うばそく、仏教の在家信者の男子)の修行者とされる。
◆空海 平安時代の真言宗の開祖・空海(くうかい、774-835)。弘法大師。讃岐国に生まれた。父は豪族の佐伯田公(義通)、母は阿刀氏。788年、15歳で上京し、母方の叔父・阿刀大足に師事し儒学を学ぶ。791年、18歳で大学明経科に入るが、中途で退学し私渡僧(しどそう)として山岳修行を始め四国の大滝岳や室戸崎などで山林修行した。797年、『聾瞽指帰(ろうこしいき)』を著す。798年、槙尾山寺で沙弥となり、教海と称する。804年、東大寺戒壇院で具足戒を受ける。遣唐使留学僧として唐へ渡り、805年、長安・青竜寺の恵果(けいか)により両界、伝法阿闍梨の灌頂を受ける。806年、当初の20年の義務期間を2年に短縮して帰国、多くの経典、密教法具などを持ち帰る。入京できず大宰府・観音寺に住した。809年、入京を許される。810年、高雄山寺(神護寺)を経て、811年、乙訓寺に移り、約1年間任に当たった。別当になる。812年、乙訓寺を訪れた天台宗開祖・最澄は、空海と会っている。その後、空海は高雄山で最澄らに金剛界結界灌頂を行った。後、二人は決裂し、断絶する。813年、東大寺別当、819年、頃/818年、高野山を開く。822年、東大寺に灌頂道場(真言院)を開く。823年、東寺を真言密教の道場にした。824年、高雄山寺を神護寺と改名する。神泉苑で祈雨の修法を行う。827年、大僧都となる。828年、綜芸種智院を創立した。832年、高野山で万灯会、834年正月、宮中中務省で後七日御修法を営む。830年、『秘密曼荼羅十住心論』を著す。高野山で亡くなり、東峰に葬られた。
◆伝承 楊谷寺の創建には伝承がある。延鎮の夢に観音菩薩が現れ、西山で生身の観音菩薩に遭うことができると告げられる。
 延鎮は、西山の山中、柳生い茂る渓谷の岩上に、お告げ通り観音菩薩を見る。その菩薩が、本尊の十一面千手千眼観世音菩薩だったという。
 延鎮は、その場所に堂宇を建て、楊谷寺を創建したという。
◆仏像・木像 本堂の本尊、「十一面千手千眼観世音菩薩」(162cm)(府有形)は、普段は厨子内に納められている。平安時代作になる。1997年、本尊の解体修理の際に、像内より勧進願文、奉加状などが発見された。これらは、鎌倉時代、1210年に納入されていた。江戸時代、元禄年間(1688-1704)、多くの講社が結成され、近代、1924年でも近畿中心に322社が存在した。
 脇侍に「勝軍大地蔵菩薩」、「勝敵毘沙門天像」、脇壇に「開山延鎮僧都」、歴代上人が安置されている。厨子は、豊臣秀吉側室・淀殿(1569?-1615)の寄進による。本堂東堂に「弘法大師像」を安置する。
 阿弥陀堂に「阿弥陀如来坐像」、「観音菩薩」、「至勢菩薩」の三尊を祀る。「善導大師」、「円光大師(法然)」も祀る。宮殿(厨子)は淀殿の寄進による。
 厨子の開帳は、毎月、17日、18日に限られている。
 奥ノ院にも、「十一面千手千眼観世音菩薩」が安置されている。江戸時代の第113代・東山天皇の皇妃・新崇賢門院(四条の局、1675‐1710)が、本尊に祈祷し皇子(後の第114代・中御門天皇)を出産した。新崇賢門院は願いがかなえば観音像を奉るとの誓いを立てた。だが、その前に亡くなったため、中御門天皇(1702-1737)が亡き母に代わり千手観音を施入したものという。本尊を摸し、勅刻し、奥ノ院本尊として安置したという。奥ノ院、右手に天皇の位牌、左手に眷属の「二十八部衆」が祀られている。
◆建築 表門、本堂、庫裏、書院はいずれも府登録、ほかに阿弥陀堂、奥の院などが建つ。
 
山門は、四脚門、勅使門、江戸時代、元禄年間(1688-1704)に再建された、1775年建立ともいう。切妻造、本瓦葺、府登録文化財指定。
 本堂は、江戸時代、元禄年間(1688-1704)の再建による。府登録文化財指定。
◆文化財 江戸時代の第114代・中御門天皇寄進の御鏡ほか、歴代天皇ゆかりの品がある。
 1998年、本尊・十一面千手千眼(せんげん)観世音菩薩の胎内から、寄進者の名前などが書かれた「文書」(京都府の重要文化財指定)が発見された。毎月17日と文化の日には公開されている。
 僧侶・喜多川諦道の書「寿」が上書院に飾られている。諦道は、東本願寺ロサンゼルス別院で活動した。
◆庭 書院前庭として、江戸時代中期に作庭された「浄土苑(楊谷寺庭園)」(京都府指定名勝、1987)がある。庭は、山の急斜面を巧みに利用している。数多くの石組、刈込、灯籠、植栽による枯山水式になる。
 立石には十三仏(阿弥陀如来、勢至菩薩、観音菩薩、不動明王など)、さらに目菩薩、受菩薩などが見立てられている。十三仏とは、追善菩提のために初七日から三十三回忌までの十三仏事に当てられた仏をいう。
 北西には池泉も造られている。山より滝を落とし、石橋が架けられている。秋には刈込のドウダンツツジも楓が紅葉する。
◆花暦 「紫陽花の寺」として知られ、奥之院への参堂は、「あじさいの道」と呼ばれている。27種、4500株の紫陽花が植えられ、6月下旬から7月中旬が見ごろとなっている。
 紅葉も知られている。
◆独鈷水 眼病平癒の霊顕あるという「独鈷水(とっこすい、おこうずい)」が、独鈷水堂内の岩間からいまも涌き出している。
 弘法大師(空海)が、平安時代、811年、長岡京・乙訓寺別当職の時、当寺を訪れていたという。境内の湧水で、親猿が目の見えない子猿の目を洗っいるのを目にしたという。親子猿は連日現れ、17日目に子猿の目は開眼したという。
 弘法大師は、金剛杵のひとつ独鈷(とっこ)により聖泉を掘り下げ、加持祈祷を行ったという。また、人間にも効くとして、独鈷で清水をかき回し祈ったという。その後、独鈷水として広く知られることとなった。
 江戸時代、第112代・霊元天皇も、この水で眼病を治癒したという。以後、独鈷水は天皇家にも献上され、東京遷都まで続けられたという。
 参拝者は、独鈷水を汲み、一度本堂に供える。あじさいの道を通って奥ノ院を拝し、再び本堂に戻り、供えていた水を呑む。
◆神徳水 神徳(みのり)水は、諸病平癒、不老長寿の水といわれている。弁天社の近くに湧く。淀殿が顔を洗っていた水といわれている。洗顔し、授けられた手拭で拭くと美人になれるという。
◆眼力稲荷 境内に祀られている眼力(がんりき)稲荷社は、伏見稲荷大社の末社・眼力社より勧請された。背後よりの湧水「神徳水」を汲み、飲料するか、眼を洗うと眼病が治るという。縁日(毎月17日)に、水を汲み稲荷に供えた後、これを持ち帰って使用する。
 本堂背後には、奥之院柳谷眼力稲荷大明神も祀られている。
◆燈籠・丁石 境内に至る参道の登り口は坂道になる。ここには石燈籠が立てられ、丁石(町石)といわれる道標が1町(109m)毎にある。「柳谷是より十八丁」と刻まれた地蔵から始まり7丁まで立てられている。
◆十三仏 境外に弥勒谷十三仏といわれる石仏が安置されている。江戸時代に十三仏信仰が起こり、死者の冥福と極楽浄土を祈願した。像高70-100cm。
◆年間行事 特別開扉(1月1日-3日)、大般若転読会(1月18日)、大護摩焚き祭り(2月17日)、大般若輪読会(5月18日)、あじさい祭り(6月下旬)、大護摩焚き祭り(8月17日)、施餓鬼会(8月18日)、大般若輪読会(9月18日)、大般若輪読会(11月8日)、もみじ祭り(11月下旬)、除夜の鐘(鐘撞、甘酒接待)(12月31日)。
 本尊開帳(百万遍念仏、数珠繰り)(毎月17日、18日の御縁日)。


*年間行事は中止、日時変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『日本の名僧』『京都府の歴史散歩 下』『古都歩きの愉しみ』『京都大事典』『京都の寺社505を歩く 下』『稲荷信仰と宗教民俗』『京都御朱印を求めて歩く札所めぐりガイド』『京都洛西三十三ヵ所ガイド』『京都のご利益手帖』『週刊 京都を歩く16 長岡京・八幡』


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書院

書院内

庭園、浄土苑、立石は仏に見立てられている。

浄土苑、池泉

阿弥陀堂、 江戸時代建立

庫裏、江戸時代、元禄年間(1688-1704)再建、府登録文化財指定。

経蔵



護摩堂

地蔵堂

鐘楼

寺宝庫



中庸門

「あじさいの道」、回廊は、山の斜面に造られ、書院から奥ノ院まで続いている。周囲には紫陽花などが植えられている。

回廊、あじさいの道



観音請記念碑

奥ノ院

奥ノ院、1930年再建

奥ノ院の扁額「中御門天皇、勅刻尊像」


奥ノ院

弁天堂


正一位眼力(がんりき)稲荷大明神、鎮守社、学問に霊験、先見の明(心眼)を授ける。

愛染堂、愛染明王を祀る。男女和合、恋愛成就、夫婦円満。

奥ノ院の眼力稲荷大明神

独鈷水

独鈷水、かなりの水量があり、いまもこんこんと湧き出している。

弘法大師像、独鈷水近くに立つ。

独鈷水近くにある弘法大師の足形、その下に四国八十八霊場の砂が敷いてあるという。足形に足を置いて祈ると足腰が丈夫になるという。 

奥ノ院に上るまでにある神徳(みのり)水。

モリアオガエルが産卵するという小池。

モリアオガエルの卵

多宝塔

納骨堂

楊谷寺通に立つ石燈籠

【参照】弥勒谷十三仏

【参照】弥勒谷十三仏

【参照】弥勒谷十三仏

【参照】弥勒谷十三仏
 楊谷寺 〒617-0855 長岡京市浄土谷堂ノ谷2    075-956-0017    
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