走田神社 (京都府長岡京市)
Hashirita-jinja Shrine
走田神社  走田神社
50音索引  Home 50音索引  Home






 長岡京市の西にある小社の走田神社(はしりた じんじゃ)は、石段を昇りきった山腹の森に建つ。乙訓十九座の一つに数えられている。 
 祭神は、春日社に武甕槌神(たけみかづちのかみ)、経津主神(ふつぬしのかみ)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、姫大神(ひめのおおかみ)を祀る。旧村社。
 五穀豊穣を祈願する農耕神として崇敬された。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 かつて、妙見社、妙見菩薩神社と呼ばれていたともいう。周辺の長法寺村、奥海印寺村の産土神として祀られていた。寂照院の鎮守社だったともいう。
 近世(安土・桃山時代-江戸時代)、海印寺の神宮寺になり妙見社と称された。
 近代、1868年、神仏分離令後の廃仏毀釈により、合祀されていた妙見菩薩が寂照院に遷されている。同年まで、小倉神社(円明寺村)の神輿が当社まで渡御していた。
 1877年、式内に比定され、走田神社と改称した。 
◆走田 走田(はしりた)とは、神嘗祭(かんなめさい)の祭祀に用いる初穂(はつほ、走りの穂)をつくる田を意味した。早稲田(わせだ、早田)の守護神という。
◆末社 春日社(武甕槌神、経津主神、天児屋根命、姫大神)、熊野神社(伊弉諾尊、天児屋根命)、稲荷神社(倉稲魂命)、蛭子社(事代主命)を祀る。
◆建築 本殿、拝殿、社務所などがある。
 「本殿」は覆屋になっている。能舞台がある。一間社、春日造、向拝付、檜皮葺。
◆海印寺 海印寺は、当社の神宮寺だったという。真言密教と妙見信仰が結び付き、当社は、寺の海印寺の奥の院に位置付けられたともいう。
◆走田古墳群 走田神社から寂照院にかけての南斜面に、古墳時代後期末の走田古墳群がある。8-10号墳のうち、9号墳(寂照院本堂背後)の横穴式石室には、玄室内に組合せ式家形石棺の部材が保存されている。
◆年間行事 歳旦祭(1月1日)、お千度祭 (勧請縄、弓講代表の高橋家が的射矢の神事を行う。)(1月13日)、祈年祭(3月中旬)、お千度祭(6月中旬)、例祭(10月21日)、秋季大祭(11月14日)、新嘗祭・火焚祭(11月28日)、除夜祭・除夜祭(12月31日)、月次祭(毎月1日)。 
 

*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『昭和京都名所図会 6 洛南』『京都おとくに歴史を歩く』『水無瀬神宮と周辺の史跡』


  関連・周辺寂照院(長岡京市)      関連・周辺小倉神社(大山崎町)       周辺       関連           

参道の石段

拝殿

本殿、覆屋

本殿

熊野神社(右、伊弉諾尊、天児屋根命)、稲荷神社(倉稲魂命)

春日社(武甕槌神、経津主神、天児屋根命、姫大神)

橿原神宮遥拝所

ヤマモモの大木
 走田神社 〒617-0853 長岡京市奥海印寺走田明神前2 
 Home    Home  
   © 2006- Kyotofukoh,京都風光