本禅寺 (京都市上京区) 
Honzen-ji Temple

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山門


日蓮大聖人三重宝第一立像釈迦仏安置の石標




本堂


本堂「遺魂道場」



立像堂(本堂)


立像堂(本堂)
 本禅寺(ほんぜんじ)は、京都御所の東にある。
 日陣により創建された法華宗陣門流(総本山は新潟県三条長久山本成寺)の別院になる。山号を光了山(こうりょうさん)という。
 法華宗陣門流大本山、本尊は金銅釈迦立像。
 日蓮宗京都16本山の一つ。
◆歴史年表 室町時代、1406年、越後・本成寺の日陣が本国寺・日伝より分立し、弟子・日登とともに四条堀川に創建した。以後、本拠となり、弘通所とし、本禅寺と称した。
 1536年、比叡山衆徒による洛中洛外の日蓮宗21寺を襲った天文法華の乱により焼却された。
 1540年、本成寺・日覚が西陣桜井町(上京区智恵光院通今出川上ル桜井町)に再建し、5世となる。第105代・後奈良天皇の綸旨により勅願寺となる。
 1548年、日蓮聖人随身仏立像尊像が献納されたという。
 室町時代末、京都日蓮宗代表寺院21か本山の一つになる。
 安土・桃山時代、1591年、天正年間(1573-1592)とも、豊臣秀吉の都市改造により、移転命令を受け現在地(上京区)に移った。
 江戸時代、1615年、焼失した。
 1633年、末寺27か寺、本成寺より預り支配する18か寺が記されている。(「洛陽法華宗本禅寺末寺帳」)
 1645年、焼失したという。 
 1661年、焼失した。
 1708年、宝永の大火により焼失した。
 1788年、天明の大火により焼失している。
 1839年、有栖川宮の祈願所となった。
 1852年、1850年とも、本殿、客殿、釈迦堂など現在の堂宇が再建されている。
 1862年、12月、上洛した京都守護職・会津藩主の松平容保は当寺で旅装を解く。
 近代、1923年、堂宇が再建される。
◆日陣 南北朝時代から室町時代の僧・日陣(にちじん、1339-1419)。越後国に生まれた。1347年、越後国・長久山本成寺、代官日龍の下で得度した。京都に上洛後、本国寺の日静(にちじょう)に師事、1369年、本成寺住持となる。本国寺の法兄・日伝(六条門流)と対立する。日陣は本迹勝劣を主張した。日陣は本禅寺を建立し、別派の法華宗陣門流(日陣流)の門祖(派祖)となる。1419年、本成寺を弟子に譲り、寺を出て以後不明になったという。
◆仏像 本堂(立像堂)の「金銅釈迦如来立像」は、かつて本国(圀)寺に安置されていたという。室町時代、1536年、天文法華の乱後、今井道順により当寺に遷されたという。また、乱の最中に一僧が火中より救おうとして兵に襲われ、そのまま持ち去られた。1548年、日覚の頃、立像は当寺に納められたという。宗祖・日蓮の随身仏といい、伊豆の海中より出顕したとされている。このため、以後、本国寺との間に対立が生じた。
 ほかに、「法華題目釈迦多宝仏」を安置する。
 釈迦堂の「金銅釈迦立像(竜宮城釈迦)」は、かつて東海の海底より出現したという。除災鎮護の仏としての信仰を集める。
◆建築 本堂は、間口9間、総ヒノキ造、耐火性のため漆喰、回廊は石畳。左(艮の廊)に日蓮を祀る。
◆梵鐘 鐘楼の「梵鐘」は、かつて摂津・法安寺(生玉大明神/生国魂大明神)にあり、豊臣秀吉次男の秀頼(1593-1615)が片桐且元に命じ、社殿修造、鋳造したという。梵鐘には「慶長十一年(1606年)」の銘がある。
 江戸時代、1615年、大坂の陣で社殿は焼失した。徳川家康は大坂の陣で陣鐘として用いた。その後、大久保忠教(彦左衛門、1560-1639)が譲り受け、菩提寺であった当寺に奉納したものという。
◆文化財 鎌倉時代の紙本墨書「伏見天皇宸翰御消息」(重文)、紙本墨書「深草天皇宸翰御消息」(重文)、「寛性親王御消息翻摺法華経8巻」(重文)、岸派一族絵画など。
 消防のための道具、竜吐水が置かれている。木製の箱に水を入れ、横棒を上下に動かして、手押しポンプの装置で水を噴出させた。江戸時代、享保年間(1716-1736)にオランダから渡来したとも、長崎で発明されたともいう。竜が水を吐くさまに見立てて名づけられ、雲竜水とも呼ばれた。ただ、消火の効果はあまりなかった。
◆塔頭 心城院、詮量院、玄妙院、円龍院の四院ある。
◆遺跡 室町時代、1536年、比叡山衆徒、南近江の守護六角氏らによる京都の法華宗二十一本山を焼き討ちした天文法華の乱に備えた構え跡がある。
◆墓 江戸幕府旗本・大久保忠教(大久保彦左衛門、1560-1639)の五輪塔と一族、亀山藩主・石川主殿頭一族。
 江戸時代の画家・岸駒(がんく、1749/1756-1839)と一族の岸良(1798-1852)、岸徳(1804-1859)、岸岱(1782-1865)、岸禄(1826-1897)などの墓がある。
 江戸時代後期の刀研師で俳人の桜井梅室1769-1852)の墓がある。
◆年間行事 万人講(4月上旬)、御会式(おえしき)(釈迦堂の金銅釈迦立像が開帳されている)(10月13日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都・美のこころ』『京都府の歴史散歩 中』『京都 歴史案内』


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鎮守社、三十番神

鐘楼、安土・桃山時代、1615年、大坂夏の陣の際に陣鐘として使われたものという。鐘名に豊臣秀頼(1593-1615)、淀殿(1566/1569-1615)、加藤清正(1562-1611)、勝元の名が刻まれているという。

七福弁財天
 本禅寺 〒602-0852 京都市上京区北之辺町394,寺町通広小路上る   075-256-0245
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