西翁院 〔金戒光明寺〕 (京都市左京区) 
Saio-in Temple
西翁院 西翁院 
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「遺室」の扁額が掛かる。





茶室「宗貞囲(そうていかこい)の席」、表示板より
 金戒光明寺の塔頭・西翁院(さいおういん)は境内西の高台にある。
 浄土宗、本尊は阿弥陀如来。
◆歴史年表 安土・桃山時代、1584年、1576年とも、茶人・藤村庸軒の養祖父・藤村源兵衛(?-1597)が創建したという。開山は光誉清玄西堂(明蓮社光誉清玄上人)による。院名はその諡(おくりな)「西翁院宗徳居士」に因む。(寺伝)
 江戸時代、1685年、1686年とも、庸軒が茶室「淀看の席」を建てた。
 1768年、庸軒70回忌に茶人・小野庸山(1735-1779)は、茶室を「紫雲庵」と記し、1668年に建てられたとしている。 (『庸軒翁追悼記』)
 現代、1973年-1976年、茶室の解体修理が行われた。
◆光誉清玄 安土・桃山時代の浄土宗の僧・光誉清玄(こうよ せいげん、生没年不詳)。明蓮社光誉(みょうれんしゃ こうよ)。詳細不明。1576年、1584年とも、金戒光明寺・西翁院の開山。
◆藤村庸軒 江戸前期の茶人・藤村庸軒(ふじむら ようけん、1613-1699)。詳細不明。久田家初代・宗栄の次男、呉服商十二屋の藤村家に養子に入るともいう。西洞院下立売に住む。藪内紹智、小堀遠州、金森重近(宗和)に習う。兄嫁が千宗旦の娘であり、宗旦にも茶を習い、宗旦四天王の一人に数えられた。儒者・茶人・三宅亡羊、儒者・山崎闇斎にも学ぶ。茶道具を創案し、好みの茶室として金戒光明寺・西翁院の「澱看席」、北村幽庵との合作した近江堅田・居初(いそめ)氏邸内の「天然図画亭」などが現存する。長次郎七種のうち「大黒」、ほか「閑居」、「太郎坊」も所持した。茶道庸軒流の祖。
 漢詩人としても知られ、漢詩集『庸軒詩集』、庸軒の口述、女婿の久須美疎安が著した『茶話指月集』がある。墓は黒谷山と大徳寺・大慈院にある。
◆仏像 本尊は春日作、「阿弥陀如来」を安置する。
◆建築 創建時に建てられた庫裏がある。
 江戸時代、天保年間(1830-1844)の書院、土蔵、唐門がある。
 表門は、1937年焼失した本山御影堂(本堂)の残木で建てられた。総ヒノキ造になる。
◆文化財 長誉源然(ちょうよ げんねん)上人讃「藤村宗徳像」。
◆茶室 本堂西北、書院の北西端に茶室「宗貞囲(そうていかこい)の席」(3畳)(重文)がある。茶人・笹屋宗貞の中襖の茶室を模したことから呼ばれた。古くは「紫雲庵(しうんあん)」と称された。また、「反古庵((ほろぐあん/ほうぐあん)」、江戸時代末期、かつて茶室より淀、山崎方面も見渡せたとして「淀看の席(よどみのせき)」とも呼ばれた。ただ、明治期(1868-1912)以降の呼び名ともいう。
 江戸時代、1685年-1686年頃、1687年以前とも、茶人・藤原庸軒によりに建てられた。1973年より解体修理が行われ、1976年に完成している。この際に窓の横幅が拡張される。書院様式と侘の両方の要素を兼ねた特徴があるとされる。
 本堂の南に腰掛待合があり、北へ延びた延檀より、内露地の飛石に入る。躙口外の北西側に迫出す形で切妻造、杉板葺の大和葺の大きな庇(1間1間)が付き、片流れ杮葺になる。この独創的な差掛屋根で内露地の全体を覆う形になる。庇下の土間(内露地)に袈裟形の蹲踞、南から北へ延びた飛石、庸軒の手植えという檜の大木がある。茶室の左端に高い踏石(1尺5寸、45cm)が置かれている。これは、本堂の高い床に合わせたことによる。
 躙口上に横長の総連子窓(格子窓)、右下に下地窓の風呂先窓が開く。風呂先窓は「嵯峨見窓」「嵐山窓」ともいわれ、かつて嵯峨、嵐山を見渡すことができたという。庇の妻、窓上に掛かる「澱看」の隷書の扁額は、建仁寺・竹田黙雷(1854-1930)筆による。地盤は1尺(30cm)積上げ、雨落線内に亀腹様の盛土があり、本堂の床(2尺8寸、84cm)との高さを均一にしている。
 躙口を入ると客座(2畳)、手前座(1畳)、正面に床があり、板敷、台目幅の室床、床柱、框も杉になる。床の天井、壁は長すさ入りで塗り廻しになる。落掛は面皮を残した杉、床の左に墨跡窓、天井は竹組化粧屋根裏で総掛込み天井であり、片流れの床へ傾斜して上る。垂木、小舞も白竹になる。落掛壁が広く上に、花菱形(華鬘形)の板額があり「廉茶淡飯飽即休」と刻まれ、表千家3代・元伯宗旦(げんぱく そうたん)筆という。
 客座と手前座の間に中柱を建て、仕切壁の中壁を設けており、「宗貞囲」(道安囲)」と呼ばれる。これは、壁の上部に円弧形の火灯口(花頭窓)を開け、鼓張りの襖が入る。壁上部の無目は薄く、その上の壁は抜く。太中柱のふもとに入炉、向切本勝手の炉を切る。隅に一重棚を吊る。壁に風呂先窓(淀看窓)(内に障子)、淀看窓(内に障子)が開く。
 水屋(四畳)は、地板、棚、袋戸棚が茶席と同時代の建築とされ、重文指定されている。 
◆庭園 茶室の北側に枯山水式の庭がある。江戸時代初期の作庭による。三尊石組、枯滝石組がある。
 西の庭に茶室の内露地がある。その先が生垣になる。境内は崖地になっており、下に二段の庭が設けられている。上の段に刈込生垣、下にも長く高い刈込生垣が続く。下の段の南西に腰掛待合がある。


*普段は非公開
*年間行事・は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『拝観の手引』『京都事典』『京都で建築に出会う』『京都古社寺辞典』『原色日本の美術15 桂離宮と茶室』『京の茶室 東山編』『京都茶室細見』『くろ谷金戒光明寺に眠る人びと』『昭和京都名所図会 2 洛東 下』


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山門前の石仏地蔵
 西翁院  〒606-8331 京都市左京区黒谷町33  ‎ 075-771-3134  

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