現光寺 (木津川市)
 Genko-ji Temple
現光寺 現光寺 
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「覆養山現光寺」の山号寺号標


本堂


本堂正面



本堂、手狭
 加茂町の現光寺(げんこうじ)は十一面観音坐像で知られる。山号は覆養山という。  
 真言宗智山派。本尊は十一面観音坐像。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 安土・桃山時代、1600年、山論、境界争いが生じ、この頃、「見光寺」と称した。(証文)
 江戸時代、1684年、南都・興福寺末に改められる。
 1697年、雲松実道律師が再興し、律宗道場とする。『海住山寺縁起絵巻』の詞書撰者・真敬法親王(興福寺一乗院門跡)が落成を賀した。
 1712年、貞慶の五百年忌に際し海住山寺の本堂開帳に、現光寺の住僧が参詣した。
 1767年、袋中の住した西村・心光庵は現光寺末となる。(「本寺証文写并寺院印鑑帳扣」)
 1803年、焼失する。
 1819年、再建されたとみられる。
 1879年、真言宗の安楽寺が合併される。
 江戸時代末、無住になった。
◆雲松実道 江戸時代の僧・雲松実道(うんしょう じつどう、生没年不詳)。当初は栂ノ尾の岩松庵に住む。1697年現光寺を再興する。1679年山村・円照寺に招かれ文智女王(後水尾天皇第1皇女)、女王に仕えた文海尼に菩薩戒を授けた。
◆仏像 本尊の木造十一面観音坐像(像高74.0cm)(重文)は、収蔵庫に納められている。美仏として知られる。本来は立像が多い十一面観音が坐像になっており全国に数体しかない。
 顔立ちは端整であり、眼は細い。頭に化仏を載せる。体躯は痩身、胸腹部にくびれがあり、流れる動的な衣文がある。観音寺(京田辺市)の十一面観音像との共通性も指摘されている。鎌倉時代前半の慶派仏師による天平復古調の作風という。木造、寄木造、玉眼、漆箔。
◆建築 本堂は、江戸時代、1803年に焼失した。擬宝珠には江戸時代、1819年の銘が残る。
 妻の破風を正面とし、懸魚、虹梁太瓶束、縁を廻す。内面は板敷、正面中央間に桟唐戸、両脇間に半蔀。側柱は角柱、組物は舟肘木、平面は1間四面堂、内部柱に丸柱、頭貫は虹梁型、渦の絵模様、木鼻。内陣に近代の須弥檀、宮殿がある。外陣に化粧屋根裏、内陣に折上格天井。正面3面側面3面。入母屋造。
 

*管理は海住山寺による、仏像の拝観は事前申込になる。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『加茂町史 第一巻』『加茂町史 第二巻』『加茂町史 第三巻』『南山城の古寺』



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本堂

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土蔵

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石仏

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