源光庵 (京都市北区)
Genko-an Temple
源光庵  源光庵
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旧門






山門


山門、「復古禅林」の扁額
 源光庵 (げんこうあん)は、正式には鷹峰山寶樹林源光庵という。復古禅林(ふっこぜんりん)とも呼ばれている。号は鷹峰山(ようほうざん)という。 
 京都には少ない曹洞宗の一つになる。本堂に本尊の釈迦牟尼仏を安置する。
◆歴史年表 室町時代、1346年、1347年とも、大徳寺3世・徹翁義享(てつとう ぎこう)が隠居所として開創した。当初は臨済宗に属した。
 その後、衰微する。
 江戸時代、1694年、加賀国大乗寺の卍山道白(まんざん どうはく)禅師により再興され、曹洞宗に改宗された。帰依した金沢の富豪・中田静家の寄進による。現在の本堂が建立され「復古禅林」の額を掲げた。
 1719年、開山堂が建立される。
 近代、1878年、楳本寺(宇治郡)を合併する。
 1879年、福寿院(葛野郡)を合併した。
◆徹翁義享 鎌倉時代-南北朝時代の臨済宗の僧・徹翁義享(てつとう ぎこう、1295-1369)。大徳寺1世・大燈国師の弟子、大徳寺2世。1346年、隠居所として源光庵を開創した
◆卍山道白 江戸時代前期-中期の曹洞宗の僧・卍山道白(まんざん どうはく、1636-1715)。備後国に生まれた。復古道人とも呼ばれた。1642年、竜興寺・照山善鏡の僧堂になる。1645年、照山没後、継いだ一線道播について得度、道白と称した。1615年、一線に従い関東の高秀寺・文春に参じ、雲堂寺、海蔵寺、集福寺と移る。1635年、『正法眼蔵』を筆写、1636年、武蔵国・万松寺の育州の結制会の前堂首座。黄檗山・隠元隆琦、木庵性瑫に参じた。1678年、加賀・大乗寺の月舟宗胡に参じた。1679年、越前・永平寺、武蔵・観清寺、1680年、大乗寺に住した。1691年、山城国・禅定寺、1694年、洛北・源光庵を開く。1696年、梅峰竺信と江戸に赴き宗門悪弊を改め三僧録司に願う。1703年、源光庵に帰る。
 梅峰らと宗統復古運動に尽くし、宗祖・道元が尊重した一師印証の面授嗣法(人法)を主張した。隠元隆琦の規矩を手本とし、厳正な「規矩大乗」をつくる。源光庵の復古塔に葬られる。
◆仏像・木像 本堂に本尊の「釈迦牟尼仏」、脇立は「阿難尊者」、「迦葉尊者」、「霊芝観世音」を安置する。
 「霊芝観世音」は、江戸時代、1681年、卍山道白が宇治田原の山中で感得した霊芝自然の観音像という。第111代・後西天皇の崇敬篤く、「開運霊芝観世音」ともいわれている。
 「開山堂(復古堂)」に、卍山道白の木像を安置し、その下に舎利(遺骨)が納められている。
◆庭園 本堂と書院の北に、釈迦谷山を借景とした枯山水庭園がある。江戸時代初期の作庭という。築山に亀島の石組があり、植栽としては山茶花、楓も数多く植えられている。
◆悟りの窓 本堂に、丸い窓の「悟りの窓」が開けられ、庭園を円形に切り取る。これは「禅と円通」の心であり、円とは大宇宙を表している。
 右の角窓の「迷いの窓」は、人間の生涯を表す。生老病死、四苦八苦、煩悩に溺れる姿を表すという。
◆建築 「本堂」は、江戸時代、1694年の創建で、伏見城の遺構ともいわれている。入母屋造。
 「開山堂」は江戸時代、1719年の建立による。復古堂ともいわれる。
◆血天井 本堂の天井は、伏見城の遺構「血天井」といわれている。
 1600年、関ヶ原本戦の前哨戦だった伏見城の戦いで、攻城軍の総大将・宇喜多秀家、副将・小早川秀秋による4万の大軍に対して、城を守った総大将・鳥居元忠らはわずか1800人の兵だったという。鳥居ら380人は自刃して果てた。その際の血の海となった床が、その後、各所の寺の天井板に使われたといわれている。
◆文化財 本堂軒間の「復古禅林」の扁額は、清人薫愛山師より卍山道白に贈られた。
 宗統復古碑、卍山廣録・宗統復古誌鷹峰聯邦系譜の木版など。
 道元(1200-1253)自筆「達磨画賛」、「随波過 黨踏一茎艸 莫道祖宗巍 誰人稜梁魏分訛 徒携錫出金凌去 永平沙門道元 謹書 花押」。
◆稚児井 境内本堂裏の崖下にある「稚児井(ちごい、児井)」は、創建の頃、水に窮していた徹翁が、童子に教えられて得たという。かつての日照りにも涸れたことがないといわれ、現在も湧水が続いている。
◆花暦 杜若(5月)、紫苑(10月)、秋に薄・紅葉。
◆修行体験 座禅と法話の会(毎月第1日曜日、7:00-9:00、1・8・12月は休会)。
◆年間行事 修証会(大般若祈祷)(1月1日-3日)、春彼岸法要・鳥居元忠一党追善法要(3月中日)、盂蘭盆会(8月1日-16日)、秋彼岸法要・鳥居元忠一党追善法要(9月中日)、開山忌・霊芝観音法要(10月19日)。


*年間行事は中止、日時変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『京都府の歴史散歩 上』『古都歩きの愉しみ』『事典 日本の名僧』『京都大事典』『昭和京都名所図会 3 洛北』『京都 四季の庭園』『京都の寺社505を歩く 下』 『こころ美しく京のお寺で修行体験』


   常照寺            大徳寺      興聖寺(宇治市)     

山門

山門

山門、赤土で盛土されている。

山門、延段

開ばん

書院、江戸時代の山口雪渓(1644-1732)筆の襖絵

書院

書院庭園

書院

書院庭園

石灯籠

本堂

本堂

本堂内陣

本堂内陣、本尊・釈迦牟尼仏、霊芝観世音像を安置する。

本堂廊下扁額「萬徳殿」

本堂廊下

本堂、鳥居元忠一党霊位

本堂、血天井の血糊の足跡

本堂、血天井の人形、左上を頭にして倒れ、右側に手を伸ばしている。遺骸は放置されたため腐敗し、その跡が残されたという。寺では、犠牲者の追善供養のために床板を天井板としたとされている。

本堂、丸窓の「悟りの窓」、角窓の「迷いの窓」

本堂、角窓の「迷いの窓」

本堂、丸窓の「悟りの窓」

開山堂

鐘楼

源光庵  〒603-8468 京都市北区鷹峯北鷹峯町47   075-492-1858  9:00-17:00
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